弁護士会照会回答拒否の違法確認等請求事件

○弁護士法23条の2による照会への回答を消防署が正当な理由なく拒否したことが,公権力の行使によって「違法に他人に損害を加えた」(国家賠償法1条1項)場合にあたるとされた事例


岐阜地方裁判所 平成23年2月10日判決
事件名 弁護士会照会回答拒否の違法確認等請求事件
事件番号 平成22(行ウ)10
出典 最高裁判所ホームページ


【判決文】
主文
1 被告は,原告Aに対し1万5250円,原告Bに対し5万円及びこれらに対する平成22年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨
2 岐阜中消防署長が,平成22年6月1日付けでした愛知県弁護士会会長Cからの弁護士法23条の2による照会(照会番号平成22年度1198号・申出弁護士B)に対する回答(岐阜市消中第78号)が違法であることを確認する。
3 岐阜中消防署長は,愛知県弁護士会会長Cからなされた弁護士法23条の2による照会(照会番号平成22年度1198号・申出弁護士B)につき,すべての照会事項について回答をせよ。
第2 事案の概要
   本件は,原告Aの委任を受けた弁護士である原告Bからの申出に基づき,愛知県弁護士会長が,岐阜中消防署の救急活動に関し,弁護士法23条の2に基づくいわゆる弁護士照会(照会番号平成22年度1198号。以下「本件照会」という。)をしたところ,同署長が,平成22年6月1日付け回答書(岐阜市消中第78号)により,本件照会に応じない旨の回答(以下「本件拒否回答」という。)をしたのは違法であると主張して,原告らが被告に対し,行政事件訴訟法(以下「法」という。)4条及び39条に基づく本件拒否回答が違法であることの確認,法3条6項2号及び37条の3に基づく本件照会への回答の義務付け並びに国家賠償法1条1項に基づく慰謝料等の損害賠償及びその遅延損害金(民法所定年5分の割合)を求める事案である。
   なお,原告の主張中には,本件拒否回答の違法を主張するかのように解される部分も存するが,その主張の趣旨は,本件拒否回答及びその後である平成22年7月13日付けで岐阜中消防署長から発せられた回答書(岐阜市消中第167号)に示された本件照会に応じないという不作為(以下「本件回答拒否」という。)の違法を主張するものであり,被告もそれを前提として反論しているものと解される。
1 前提事実(争いのない事実又は後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
 (1) 原告Aの妻であるDは,平成20年9月19日,医療機関(以下「訴外診療所」という。)において帝王切開手術を受けたところ,高次医療機関への救急搬送を必要とする状態となった。
   訴外診療所の医師は,同日午後9時40分頃,DをE病院へ搬送するようにとの指示を発した。(甲2,6)
   岐阜中消防署(東南分署)は,岐阜市の消防部局(消防本部)が開設する消防署であるが,訴外診療所から出動要請を受け,同署の救急車は,同日午後10時59分ころ,訴外診療所でDを搭乗させ,高次医療機関に搬送すべく出発し,同日午後11時30分ころ,E病院高次救急センターへ到着した。Dは,同センターで救命措置が講じられたが,同月20日午前0時33分ころ死亡した。(甲3,4)
 (2) 原告Bは,原告Aからの委任を受けて,平成22年5月7日,上記(1)記載の救急活動(以下「本件救急活動」という。)に関して,要旨下記アないしエの事項について,岐阜中消防署長からの回答を求めるべく,愛知県弁護士会に対して弁護士照会の申出をしたところ,同弁護士会は,同申出を相当と認め,同弁護士会長名で,同署長に対し,本件照会をした。(甲5)
  ア 救急隊活動内容について
  (ア) 覚知時刻(原文は,「覚知時間」と表記している。)
  (イ) 通報者の氏名・住所
  (ウ) 事故概要
  (エ) 現場到着時刻
  (オ) 傷病者に救急隊が接触したときの,傷病者の意識状態・バイタル,その他観察事項
  (カ) 傷病者に救急隊が接触したときに実施された応急措置(CPR(原文は,CRPと表記している。),酸素投与等)
  (キ) 現場出発時刻
  (ク) 収容医療機関
  (ケ) 収容医療機関への到着時刻
    以上の事項のうち,救急隊活動記録票に記載のある事項については,回答に代えて,その活動記録票の写しの送付を求める。
  イ 収容医療機関の選定の手順・基準
    本質問に対する回答については,岐阜県救急隊(消防隊)心拍蘇生法・外傷措置法プロトコールの写しの開示を求める。
  ウ 本件救急活動については,最寄りの病院として,Fセンターが存在し,また,仮に当該病院が受入れを拒否したとしても,収容医療機関については,G病院,H病院等の選択肢があったかと思われるにもかかわらず,最終的に,傷病者が,最も遠方に位置するE病院に搬送された経緯・理由についての具体的説明
  エ 上記アの質問事項で,(ア)〜(エ),(エ)〜(キ),(キ)〜(ケ)までの各経過時間に分節して,各々経過時間として通例か異例か,もし異例だとした場合,その原因・理由として考えられること,ないし消防署が把握している原因・事情
 (3) 岐阜中消防署長は,平成22年6月1日付け回答書をもって,本件照会に対し,上記(2)アないしエ記載の照会事項のうち,イの事項についてのみ「高次救命治療センター・岐阜県救急医療研究会のホームページ(中略)を参照してください。」等と回答し,その余の事項については,「個人に関する情報であるため,提供できません。」との回答(本件拒否回答)をした。(甲6)
    また,岐阜中消防署長は,そのころ,原告Bに対し,電話で,岐阜市個人情報保護条例(平成3年岐阜市条例第2号。以下「条例」という。)14条による情報開示制度の存在を教示した。(弁論の全趣旨)
 (4) 愛知県弁護士会長は,平成22年7月1日,岐阜中消防署長に対し,弁護士照会に対し回答することは法令に基づく場合として個人情報の第三者提供制限の除外事由に該当すること,本件照会は産科医院にて帝王切開手術を受けた後,出血性ショックを起こし,救急搬送された先の病院で妻を亡くした夫が,医療事故による損害賠償請求を行うにあたり,重要な争点となる事実に関する情報を得るためになされたものであること,本件救急活動について正確な情報を有するのは同署のみであり,同署に照会する以外に他に代替手段がないこと及び当該個人情報の「個人」本人は死亡しており,その情報提供を求めている遺族である夫で,本人と同視できること等の本件照会の必要性・相当性等につき説明するとともに,不回答とされた事項についても回答するよう求める通知書を送付した。(甲7の2)
 (5) これに対し,岐阜中消防署長は,平成22年7月13日付け回答書をもって,愛知県弁護士会長に対し,本件照会は,依頼人の医療事故の損害賠償を目的としており,司法の場における真実の発見という公益目的のものではないから,法令に基づく場合として条例10条によって保有個人情報の外部提供の禁止が除外される場合に該当しないこと,同署に照会する以外の手段として条例14条に基づく保有個人情報の開示請求があること等を回答し,照会事項ア,ウ及びエについて再度不回答とした。(甲8の2)
 (6) 岐阜中消防署長は,被告(岐阜市)の職員であり,公務員である。
 (7) 原告らは,平成22年8月4日,本訴を提起したが,被告は,口頭弁論終結時まで,照会事項ア,ウ及びエについて回答せず,また,救急活動記録票の開示もしていない。
 (8) 条例の定め
   条例には,以下の定めがある。(乙1)
   (利用及び提供の制限)
  第10条 実施機関は,法令又は条例に基づく場合を除き,利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し,又は提供してはならない。
   (開示請求)
  第14条 何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。
2 争点
 (1) 本件回答拒否が違法であることの確認の訴えの適法性
 (2) 本件照会に対する回答の義務付けの訴えの適法性
 (3) 本件回答拒否は不法行為(国家賠償法1条1項)を構成するか及び損害額
3 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点(1)(本件回答拒否が違法であることの確認の訴えの適法性)について
  (原告らの主張)
   本件照会で原告らが情報開示を求めている救急隊活動記録は,消防組織法(公法)上の救急業務に関する記録であり,その情報の主体ないしその主体に準ずる地位にある住民は,同法上も公表が義務付けられている実施基準に基づいて,搬送救急業務(その記録管理も含む。)が適正に実施・管理されるべきことにつき法律上の利害関係を有している。したがって,当該実施基準に基づく救急隊活動記録の開示を受ける個人の権利利益の存否が争いとなる紛争は,「公法上の権利利益の存否」に関する法律上の争訟である。そして,弁護士照会制度によって個人ないしその代理人弁護士に付与された情報開示請求権を否定する地方公共団体との紛争を解決するためには,当該地方公共団体による情報公開拒否行為の違法性を確認することが,最も有効適切な手段である。
   よって,本件回答拒否が違法であることの確認の訴えは,「公法上の法律関係に関する確認の訴え」(法4条)として適法である。
  (被告の主張)
   争う。
 (2) 争点(2)(本件照会に対する回答の義務付けの訴えの適法性)について
  (原告らの主張)
   本件照会に対する回答の義務付けの訴えは,申請型義務付けの訴え(法3条6項2号,法37条の3)として適法である。
  (被告の主張)
   争う。
   本件では,愛知県弁護士会が義務付けの訴えを提起できるのであって,原告らには原告適格はない。また,本件回答拒否が違法であることの確認の訴えは法37条の3第3項各号に定められている訴訟類型に該当せず,同項の併合提起要件を満たさないから,申請型義務付けの訴えは不適法である。
 (3) 争点(3)(本件回答拒否は不法行為(国家賠償法1条1項)を構成するか及び損害額)について
  ア 本件回答拒否は,公権力の行使により「違法に他人に損害を加えた」(国家賠償法1条1項)場合にあたるか
  (原告らの主張)
  (ア) 弁護士照会制度は,弁護士の受任事件について事実を解明し,法的正義の実現に寄与することを目的として,捜査機関に関する刑事訴訟法197条2項にならって設けられた「公的」制度であって,公務所又は公私の団体は,照会により報告を求められた事項について,照会をしてきた弁護士会に対し,法律上,報告する公的義務を負う。
  (イ) 岐阜中消防署長は,本件照会に回答しない理由として,照会事項が個人情報であること,本件照会は依頼人の医療事故の損害賠償を目的としており公益目的とはいえないこと,条例に基づき開示請求するという代替手段があることを述べているが,以下のとおりいずれも回答を拒絶する正当な理由とはいえない。
     本件照会の場合,「個人」情報の「個人」にあたるDは既に死亡しており,しかも,その「個人」と同視すべきDの夫である原告Aから委任を受けた原告Bが,その「個人」たるDが被った被害回復を目的として報告を求めているのであるから,個人情報であることを理由とする回答拒絶はその前提を欠く。
     また,弁護士照会制度が,基本的人権の擁護という弁護士使命の公共性を基礎としていることからすれば,依頼人の損害賠償を目的とすることが公益性を欠くというのは的外れである。
     さらに,弁護士法23条の2第2項は,弁護士照会によってする必要がある場合でなければできないという手続的な制約を設けていない。そもそも,弁護士照会は,弁護士が,紛争解決の前提となる事実解明を目的として,既存の公文書に記載された内容にとどまらず,諸種の観点から,照会先の実務の運用状況・判断等を含め情報提供を求めるものであり,情報開示制度に厳密な意味での代替性があると言いうるか疑問であるし,弁護士に調査を委任しているにもかかわらず,情報開示請求をしなければ情報を入手できないという運用では,迂遠であるとともに弁護士照会の意義を著しく限定するものである。
  (ウ) 原告らが本件照会によって得ようとする救急隊活動記録は,原告らが医療過誤訴訟を提起するに当たって,その訴訟方針(医療機関のみを被告とするのか,救急措置の遅れに関して,岐阜中消防署との共同不法行為があったとみて岐阜市も共同被告とするか)を具体的に判断する上で必要かつ重要な資料・証拠であって,そのような重要資料を入手する目的で行った本件照会に対し,岐阜中消防署長がその回答を拒否することは,原告らの情報開示請求権ないしは,裁判を受ける権利を適正に行使する権利ないし法的利益を侵害することは明らかである。
  (エ) よって,本件回答拒否は,公権力の行使により「違法に他人に損害を加えたとき」(国家賠償法1条1項)に当たる。
  (被告の主張)
  (ア) 代替制度の存在
     照会事項アについては,(ア)及び(ウ)ないし(ケ)の事項は,救急活動記録票に記載されており(乙3),(イ)については別にデータに保存されているため(乙4),いずれの事項も条例14条による開示請求により回答可能である。照会事項ウについては,救急活動記録票の「現場の状況及び受傷原因」欄,「備考」欄に記載があり,また,救急活動記録票の一部である傷病者報告書の「選定者」欄,「選定理由」欄で,搬送先の選定者及び選定理由を確認することができることから(乙3),条例による開示請求により回答可能である。
  (イ) 意見を求める照会事項が含まれること
     照会先において容易に判断できる法律解釈等ではないものは,弁護士照会における照会事項として不適当とされているところ(乙5),照会事項エに含まれる事項のうち,何が「通例」で何が「異例」かは,容易に判断できるものではないから,意見や判断を求めるものに該当し,弁護士照会によって回答不能な事項である。
  (ウ) 回答の危険性
     地方公共団体にとって,弁護士照会は,本人以外の第三者からの照会であるから,これに回答することは,個人情報保護条例の開示請求に応じる場合と比較して,自己の情報を開示された本人から損害賠償責任を追及されるおそれが高い。
  (エ) 当事者の態度等
     被告は,平成22年6月1日付け回答書による回答に先立ち,原告Bに対し,電話により,条例による情報開示の制度を教示した。また,再度の照会に対しても,同年7月13日付け回答書(甲8の2)において,条例による情報開示の制度を教示した。これらからすれば,原告らは,弁護士照会という形式に拘っているにすぎないというべきである。
  (オ) 照会に回答する義務の相手方
     弁護士照会に回答する義務があるとしても,それは,弁護士会に対する義務であって,申出弁護士ないしその依頼者に対する義務ではないから,本件回答拒否による原告らの権利侵害はない。
  (カ) まとめ
     よって,本件回答拒否は,「違法に他人に損害を加えた」(国家賠償法1条1項)との要件を満たさない。
  イ 故意又は過失
  (原告らの主張)
   岐阜中消防署長は,意図的に本件照会に対する回答を拒否しているのであるから,たとえ本件回答拒否が適法だと信じたとしても,「法の不知」であり許されず,同署長には故意がある。
  (被告の主張)
   条例による情報開示の制度を教示しているという態度からすれば,岐阜中消防署長には「故意」及び「過失」がない。
  ウ 損害額
  (原告らの主張)
   原告らは,違法な本件回答拒否により,弁護士照会費用が無駄になるとともに,本件医療事故の事実関係の調査・解明のため,本訴提起を余儀なくされ,本件医療事故に関する紛争解決が遅れることとなったことで,精神的苦痛を受けるとともに,本件訴訟を含め無用の事務的負担を負うなどの損害を被った。
   以下の金額は,本件回答拒否と相当因果関係のある損害である。
  (ア) 原告Aにつき
     慰謝料 1万円
     弁護士照会費用 5250円
  (イ) 原告Bにつき
     訴状等の文書作成費用相当の損害金として,5万円
  (被告の主張)
   争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件回答拒否が違法であることの確認の訴えの適法性)について
  原告らは,本件回答拒否が違法であることの確認の訴えは,「公法上の法律関係に関する確認の訴え」(法4条)として適法である旨主張する。
  しかし,弁護士照会制度は,弁護士会が,所属弁護士による申出に基づき,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる制度として規定されており(弁護士法23条の2),公務所ないし公的団体のみならず,私的団体をも照会の相手方とすることができるものであるから,公務所ないし公的団体に対して弁護士照会がされた場合であっても,照会者(又は照会申出者)と被照会者とが公法上の法律関係に立つと認めることはできない。したがって,照会者(又は照会申出者)と被照会者との関係は,法4条にいう「公法上の法律関係」には該当しないから,本件回答拒否が違法であることの確認の訴えは,不適法である。
  なお,念のため,本件回答拒否(又は本件拒否回答)が違法であることの確認の訴えが民事訴訟として適法であるかどうか検討するに,このような訴えによることは,本件回答拒否が違法であることを理由とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求によること以上に,紛争解決にとって有効ないし適切であるということはできないから,同確認の訴えは,民事訴訟としても確認の利益がなく,不適法である。
2 争点(2)(本件照会に対する回答の義務付けの訴えの適法性)について
  原告らは,本件照会に対する回答の義務付けの訴えは,申請型義務付けの訴え(法3条6項2号,法37条の3)として適法であると主張する。
  しかし,前示のとおり,弁護士照会は,私的団体に対しても行われるものとして弁護士法に規定されているものであるから,「法令に基づき,行政庁の許可,認可,免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分を求める行為であって,当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているもの」(行政手続法2条3号参照)ではないことが明白であり,「申請」(法3条6項2号,法37条の3)に該当しない。
  よって,原告らの訴えのうち,本件照会に対する回答の義務付けの訴えも不適法である。
3 争点(3)(本件回答拒否は不法行為(国家賠償法1条1項)を構成するか及び損害額)について
 (1) 本件回答拒否は,公権力の行使により「違法に他人に損害を加えた」(国家賠償法1条1項)場合にあたるか
  ア 弁護士法23条の2に定める弁護士照会の制度は,弁護士が基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする(弁護士法1条1項)ことに鑑み,弁護士が,受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし,当該事件の適正な解決に資することを目的として設けられたものである。このような弁護士法23条の2の規定の趣旨からすれば,弁護士照会を受けた公務所又は公私の団体は,自己の職務の執行に支障がある場合又は照会に応じて報告することの持つ公共的利益にも勝り保護しなければならない法益が他に存在する場合を除き,当該照会に対して報告する法的義務を負い,その義務は公的性格の強い弁護士会に対する公的義務であると解するのが相当である。
    したがって,弁護士照会に対し報告する上記法的義務の存在は,申出弁護士ないしその依頼者が,公務所又は公私の団体に対して,照会への回答を求める権利を有することを意味するものではないと言うべきであるが,弁護士法23条の2がその照会の主体を弁護士会としたのは,所属弁護士による照会の必要性,相当性の判断を,弁護士を監督する地位にある弁護士会の自律的判断に委ねることをもって,弁護士照会制度の適正かつ慎重な運用を担保する趣旨であり,同制度によって情報を得ることにより自己の権利の実現ないし法的利益を享受する実質的な主体は,申出をした弁護士及びその依頼者であるというべきである。
    以上によれば,弁護士照会の被照会者が,照会に対する回答・報告を正当な理由なく怠り,申出弁護士の業務遂行の利益や,依頼者の裁判を受ける権利ないし司法手続により紛争を解決する利益が侵害されたと評価しうる場合には,被照会者は,これにつき損害賠償責任を負うことがありうるものというべきである。
    被告は,弁護士照会に対して回答する義務は,弁護士会に対して負うものであることを理由として,照会に対して回答しないことは照会申出者の権利利益を侵害しない旨主張するが,以上のとおりであるから,その主張を採用することはできない。
  イ 本件回答拒否には正当な理由があるか。
  (ア) 代替制度の存在の主張について
     被告は,照会事項ア及びウは,条例14条に基づく開示請求により回答可能な情報であるため,弁護士照会によるべき必要性がないから,本件回答拒否は違法でない旨主張する。
     しかし,個人情報保護法制に基づく開示請求の制度は,国民ないし住民に対し自己の情報をコントロールする権利を付与し,もって民主的で適正な行政の運営の確保を図ることを目的とするものであるのに対し,弁護士照会制度は,公的な役割を担う弁護士に対し,受任した個別の事件に関する訴えの提起その他の紛争処理遂行のための情報収集手段を与えることをもって,わが国の司法制度を維持するために設けられたものであり,両者は制度趣旨を全く異にするほか,弁護士照会制度の上記重要性に鑑みれば,同制度の機能が情報開示制度の存在により限定されると解すべき理由はない。のみならず,被告が照会事項ア及びウについては条例14条に基づく開示請求があれば回答可能であるというのであれば,敢えて原告らに当該開示請求の手続を取らせる合理的理由を見出し難いというべきである。
     そうすると,照会事項ア及びウが条例に基づく情報開示により入手可能な情報であるとしても,本件照会に対する回答を拒絶する正当な理由には当たらないというべきである。
  (イ) 意見を求める照会事項が含まれるとの主張について
     被告は,本件照会における照会事項エに含まれる「通例」,「異例」は,容易に判断できるものではなく,同事項は意見や評価を求める照会事項に該当するから,そもそも弁護士照会によって照会できる事項に当たらず,本件回答拒否によって原告らの権利や法的利益が侵害されたとはいえない旨主張する。
     確かに,弁護士照会における照会事項は,照会先において容易に回答することができる法律解釈等に当たらない意見や判断を求めるものは,照会事項として不適当というべきである。
     しかし,照会事項エは,岐阜中消防署長が把握している本件救急活動における覚知時刻から現場到着時刻,現場到着時刻から現場出発時刻及び現場出発時刻から収容医療機関への到着時刻から見て,それぞれ通例の救急活動に比して異例か,すなわち遅延しているかどうか及びその原因について問うものであると容易に読み取れるところ,その前提となる平均的な救急車の移動時間ないし傷病者を搭乗させるための所要時間等は,当該地区を所管している消防署にとって容易に判断することができない意見ないし評価であるとは認められず,また,それとの比較における遅延の有無及びその原因についても,容易に判断することができない意見ないし評価であるとは認められない。
     よって,照会事項エは,弁護士照会として不適当な照会事項であるとは認められず,被告の上記主張を採用することはできない。
  (ウ) 回答の危険性について
     被告は,地方公共団体にとって,弁護士照会は,本人以外の第三者からの照会であるから,これに回答することは,個人情報保護条例に基づく開示請求に応じる場合と比較して,自己の情報を開示された本人から損害賠償責任を追及されるおそれが高い旨主張する。
     しかし,前示のとおり,本件照会では,当該個人情報の主体であるDは既に死亡していること,本件照会は,Dの夫である原告Aが,Dが死亡した原因に関して損害賠償請求をするに当たり委任した弁護士である原告Bの申出によってなされたものであることが愛知県弁護士会長の平成22年7月1日付け通知書(甲7の2)により岐阜中消防署長に対して明らかにされているのであるから,被告の上記主張は前提を欠くものというべきであり,これを採用することはできない。
  (エ) 以上のとおり,被告が主張する本件回答拒否の理由は,正当なものとは認められず,他に正当な理由があるとは認められない。
  ウ 本件回答拒否によって,原告らの権利利益が侵害されたか。
  (ア) 前示のとおり,照会事項ア及びウについては,条例14条による開示請求が可能であることをもって,本件照会を拒む正当な理由と認めることはできないというべきであるが,被告は,岐阜中消防署長が,原告らに対し,情報公開制度の存在を教示したから,その手続を取れば所要の情報を得られたとして,本件回答拒否によって原告らの権利や法的利益が違法に侵害されたとはいえない旨主張するので,この点について以下に検討することとする。
     本件照会のうち,照会事項アには,「上記事項のうち,」救急活動記録票に記載のある事項については,回答に代えて同票の写しの送付をしてよい旨記載されており,原告らは,照会事項アの事項を記載した公文書が存在していることは認識していたものの,同事項のすべてにわたる情報までがこれに記載されているとまでは認識していなかったと認められ,また,照会事項ウについては,照会事項アのように公文書の送付をもって回答に代えてよいとの申出がされておらず,原告らは,これが情報開示制度によって取得可能な情報であるとは認識していなかったと認められる。そして,岐阜中消防署長が,本件回答拒否に際し,条例による情報開示によって得られる情報が照会事項ア及びウのすべてにわたることまでを原告らに教示したという証拠はなく,本訴提起後に初めて被告からそのことが明らかにされたものと認められるから(ただし,前示のとおり,被告は,本件救急活動に係る記録票を未だ原告らに対し開示しておらず,同記録票により照会事項ア及びウのすべてが明らかになる旨主張しているだけである。),原告らの認識が上記のとおりであったのは無理からぬことと言うべきである。そうすると,原告らが,少なくとも後記認定の損害発生のころまで,これらの情報を取得することができなかったことと,本件回答拒否との間には,因果関係があるというべきである。
  (イ) そして,照会事項ア及びウの内容についてみると,まず,岐阜中消防署における本件救急活動の覚知時刻(照会事項ア(ア))は,本件救急活動において,訴外診療所の医師によるE病院への搬送指示から救急車の現場到着までに約1時間20分を要した原因が,訴外診療所側に存在するのか,岐阜中消防署側に存在するのか又は何らかの別の原因によるのかを判別するうえで不可欠な情報であると認められ,また,E病院が搬送先として選定された経緯・理由(照会事項ウ)は,訴外診療所の近隣にも複数の高次医療機関が存在したにもかかわらず,約30分をかけて比較的遠方のE病院にDが搬送された理由が,搬送先の選定が不適切であったことによるのか否か,あるいは,選定が不適切であったとすれば,訴外診療所と岐阜中消防署のいずれに落ち度があるのかを判別する上で重要な事実であると認められる。さらに,照会事項ア及びウに係る確実かつ信頼性の高い情報は,岐阜中消防署以外の者が保持しているとは考えにくい。
  (ウ) また,照会事項エの内容は,本件救急活動につき,岐阜中消防署に救急活動において通常尽くされるべき注意義務を欠く過失があるのかどうかを判断するため,また,過失があると判断される場合には,その具体的態様を特定するため,明らかにされる必要がある重要な事実であると認められる。そして,本件救急活動が平均的な場合よりも遅延している場合には,その原因として考えられる本件固有の事情(例えば,交通渋滞や医療機関による受入れ拒絶等)については,岐阜中消防署に照会する以外に,確実かつ信頼性の高い情報を得る手段があるとは認められない。
  (エ) 以上によれば,照会事項ア,ウ及びエにより原告らが取得しようとした情報は,Dの死亡原因についての損害賠償責任を追及する民事訴訟を提起するにあたって,適切な相手方を選別し,またその選別した相手方の責任原因を特定する上で不可欠という重要なものであるほか,原告らにとって,本件照会による以外の方法により確実かつ信頼性の高い情報として取得することが困難なものであったと認められる。
     そうすると,本件回答拒否により,原告Aの司法制度による紛争解決を適切に実現する利益ないし原告Bの依頼者のために事務処理を円滑に遂行する利益が妨げられたと言うべきである。
  エ 以上を総合すれば,本件回答拒否は,公権力の行使によって「違法に他人に損害を加えた」(国家賠償法1条1項)場合にあたるというべきである。
 (2) 過失について
   岐阜中消防署長の公的機関としての位置付け,本件拒否回答を受けた愛知県弁護士会長が平成22年7月1日付けで再度の回答依頼の通知書を送付して本件拒否回答の不当性を説明したこと,その他本件に関する一切の事情からすれば,岐阜中消防署長には,本件回答拒否が原告らの法律上保護される利益を侵害することにつき,少なくとも認識可能性があったと認めるのが相当であり,過失があるというべきである。
   被告は,岐阜中消防署長は,条例に基づく情報開示制度につき原告らに教示したのであるから,同署長には過失がない旨主張するが,当該開示制度によるべきものとする同署長の判断が正当でないことは前示のとおりであり,また,同署長は,当該開示制度によっても取得できない情報である照会事項エについても回答を拒否しているのであるから,同署長が当該開示制度を原告らに教示したという事情は,同署長の過失の評価を妨げる事実とはいえない。
 (3) 損害額について
   原告らが主張する本件回答拒否による損害額は,弁論の全趣旨により相当なものとしてこれを認める。なお,原告らが主張する遅延損害金の起算日である平成22年7月13日は,本件照会から2か月余りが経過した日であるが,その間の岐阜中消防署長と愛知県弁護士会長及び原告Bとの間の書面又は電話によるやりとりの経過(前記前提事実)に鑑みれば,そのころまでに本件回答拒否は違法なものとなり,また,これによりそのころ原告ら主張の損害が生じたものと認めるのが相当である。
4 結論
  以上の次第で,原告らの請求は,原告Aが1万5250円,原告Bが5万円及びこれらに対する平成22年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し,その余の訴えは不適法であるから却下し,訴訟費用につき民訴法64条本文,61条,仮執行宣言につき同法259条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。