○鹿部町の開基

3世紀頃、内浦湾沿岸一帯に先住民族の生活が、次第に広まり、これを口碑に伝えられた。この頃、郷土「鹿部」の地名を「シケルペ」といったが、これは「キハダ(別名シコロ)のある所」の意味で、太古鹿部山地にキハダの木が多く、先住民族にイナウ(神祀る木幣)・薬用・樹皮染料等貴重な木として扱われた。この木名「シケルペ」が転訛して「鹿部」となったのである。(シケルペ説)

元和元年(1615年)春、南部大澗(青森県下北郡)の人、司馬宇兵衛しめうへえが町内本別に移住して、鹿部町の基となった。

鹿部は、この数十年前から、南部下北の昆布出稼ぎ者が相当多かったが、宇兵衛もその人々と共に鹿部に来て、道南優良昆布を採取し、且つ鹿部の各種漁利多きを察し、移住最適の地として選定したのであった。

開拓者司馬宇兵衛は、資性勤勉、事理明察、友愛懇情の人であったので、出稼ぎ者中の中心的人物であった。その後同郷の人々を招いて数戸移住させ、鹿部町を開拓した功労者である。

○鹿部町の沿革

明治12年12月 鹿部戸長役場設置

明治14年8月 熊泊村の一部所呂(常呂)を鹿部村に編入す

明治39年4月1日 鹿部村2級町村制施行

昭和15年6月 鹿部村字名改称す

(鹿部、亀泊、草浜、シシペ、高森、折戸、本別、吹込、出来澗、焼野、鷹待、大岩、常路、小川、城部沢、湯ノ沢、滝ノ沢、ホヤタロを大岩、鹿部、宮浜、本別、駒見の五地区と改称す)

昭和54年10月 開基100年

昭和58年12月1日 町制施行

○鹿部町の位置及び面積

位置

東経140度48分57秒3 北緯42度02分19秒

北東 太平洋内浦湾

南東 函館市(旧南茅部町)

南西 函館市、七飯町

北西 森町(旧砂原町)

面積

110.63平方キロメートル

鹿部町の開基

 種別なし

(明治13年1月1日施行)

体系情報
第1編 規/第1章
沿革情報
種別なし