自治体争訟実践入門(上)

北海道総務部法制文書課長 秦 博美
「フロンティア180」夏季号 第46号より

1 訴訟追行のための法的素養

 地方自治の強化の文脈の中で、自治立法権(法の定立過程)・自主解釈権(法の執行過程)を巡る議論が盛んである。なかんずく、自治立法権の議論は裁判規範ともなる「一般的な法規範の定立」という「高度」なものである。その段階に達している(と思われる)自治体の法務組織が、裁判(司法)の場(法の適用過程)での個別事件の処理を、医療過誤事件等困難な事案を除き自前で、すなわち弁護士等の法曹に依頼することなく、果たせないはずはないと考える。
 しかしながら、寡聞にしてその実践例に接することは皆無に近い。
 訴訟は(司法試験に合格した)弁護士にしかできないというのは、ノーベル賞は、東大・京大卒の博士号を有する著名な大学教授しか受賞できないというのと同じく、(根拠のない)「固定観念」と言わざるを得ない。これが本論の出発点である。
 朝日新聞に「おやじのせなか」という連載物がある。本年2月23日付けの紙面で、作家の小田実氏(70歳)の話が載っていた。彼の父親は京都帝国大学の法学部を出て、大阪市の職員をしていた。課長時代に市長が交代し、突然解雇されたので、弁護士事務所を構えたという。読み進んでいくと、「当時は帝大法学部を卒業すれば弁護士の資格があったからだ」と説明があった。
 私も、北海道庁での通算7年間の訴訟の実務を通して、最低限(あくまで!)の法的素養としては、その程度で十分ではないかと感じている。事実、道では、現在、訴状の内容を検討した上で、可能なものは、原告に弁護士が付いている場合でも、弁護士に委任することなく「自前」(道職員の指定代理人のみ)で訴訟追行するよう努めている(本人の訴訟の場合は、従来から(原則)弁護士に委任していない)。
 なお、この場合でも必ず、道の顧問弁護士と事前に協議している。訴訟の推移によっては、弁護士に委任せざるを得ない事態も当然想定されるからである(まことに訴訟は生き物である)。
 自治体職員は、幸運にも指定代理人として弁護士に委任することなく、「自前」で訴訟追行が制度的に可能という特典(?)を有している。この特典を利用しない手はない。そして、被告としての自治体の担当者(指定代理人)は、司法サービスの消極的ユーザーである。訴訟の専門家でないからといって、法廷の場で、特段卑屈になることはないと考える(経験的に裁判所の対応はあくまで中立的である)。

2 道における実践例
 自前の訴訟追行の試みは、実は3年前にさかのぼり、紆余曲折があったが、可能なものは自前で訴訟を追行するという取扱いは、今は、ルール化しているといってよい。
 道では、平成12年7月に札幌地裁に提起された土地所有権等確認請求事件(第1事件)につき、自前で訴訟を追行することとし断行した。しかし、早くも第2回目の口頭弁論期日から弁護士に依頼する羽目になった(原因は道路法の仕組みについての説明・主張が遅延したため、裁判長の想定外の発言があったためである)。本件は結局、平成13年4月の訴えの取下げで終結した。
 次は、平成13年6月に提起された、所有権移転登記手続及び抵当権設定登記抹消登記手続請求事件(第2事件)であるが、もはや実体のない北海道地方費の抵当権の抹消に関するものであったため特段争わなかった(形式上は原告勝訴判決)。
 3番目は、平成13年3月に釧路地裁に提起された損害賠償請求事件(第3事件)であるが、答弁書を提出した直後、第1回口頭弁論期日直前に相手側弁護士から電話で訴えの取下げがあったものである。
 4番目は、平成13年9月に札幌地裁に提起された損害賠償請求事件(第4事件)であるが、内容的に第1事件と類似していたため(学習効果?)、自前で追行し、利害関係人としてT町が当事者に加わり、平成14年10月に和解が成立した(原告は被告に対する請求を放棄することが和解条項に入っている)。
 その後は、シングル・イッシュー(論点がごくわずか)の訴訟提起が相次いだため、平成14年10月に札幌地裁に提起された不動産取得税賦課処分取消請求事件(第5事件)、同年12月、札幌地裁に提起された損害賠償請求事件(第6事件)、平成15年1月に釧路地裁に提起された不動産取得税賦課処分取消請求事件(第7事件。これは同一原告による同種の訴訟が札幌地裁と函館地裁に各2件係属しており、この4件はいずれも弁護士に依頼している)と、指定代理人のみによるものが続いている。
 直近事例は、平成15年2月に札幌地裁に提起された復旧工事費用負担処分取消請求事件(第8事件)である。

3 自前で訴訟追行することの意義
 以下、弁護士等に依頼することなく、自前で訴訟を追行することの意義を考えてみる。
 @ 自治体職員としての「訴訟実務」の経験から、訴訟において争点になるのは、8割以上が事実認定であり、大学法学部で講義される高邁な(?)法律(解釈)論が法廷で闘わされることはせいぜい1から2割に過ぎないこと(仮に解釈上の争いがあっても実務上は最高裁判例(及び通説)がすべてである)(原体験)。
 A 「法律による行政」を日々実践している「準法曹」ともいうべき自治体職員が自ら行った「行政処分」等に対する法的説明責任の履行を裁判の場で、主張・立証できないはずはない(準法曹としての自覚)。
 B 事件を弁護士等に依頼すると、最後は判断を専門家に委ねることになり、徹底的に自己責任で事実調査し、文献・判例を調べ、思考する責任主体にはなれないこと(甘えの構造=自治体法務の自立の放棄)。
 C 前例踏襲(役所仕事)の打破(すべてを見直せ!)
 D 逼迫した自治体財政にも”雀の涙”ほどの貢献をすることができること(反射的効果)。
 A及びBは、2000年分権改革の時に言われた、機関委任事務制度はなくなっても、その意識は残るという、他者=権威者に依頼・依存する意識に通底する。弁護士依頼事件については、最後は弁護士が判断してくれるという他律心が生じてしまうのは避けられない人情である。

4 民事(行政)訴訟の概略
 民事訴訟の第1審の手続の流れについては、図を参照していただきたい(※図については、HP上省略させていただきます)が、基本的に@原告による審理・判断の対象の提起(請求)、A原告・被告による主張(主張)、B原告・被告による立証(立証)、C裁判所による判断(判決)という過程を経る。
 @の請求は、訴状に「請求の趣旨」として記載される、法律上の紛争につき解決を求める具体的な権利・義務(法律関係)である。審理の段階においては、この権利・義務の発生、消滅等を巡る主張・立証として審理の対象になる。
 Aの主張は、権利・義務は(目に見えず)直接に証明することはできないため、法律に規定された要件(要件事実)を満たす場合に権利・義務が発生し、変更し、消滅する(これを効果とか法律効果という)という論理で認識されるものであることを前提に、自己に有利な法律効果を主張するものである。ここでは、権利・義務の発生の根拠となる法規(要件事実)を特定し、その要件事実に見合う具体的事実、つまり主要事実の存否の判断(事実の認定=要件事実の当てはめ)を行うことになる。これが、大前提たる一般的な法規範に小前提たる具体的事実を当てはめ、結論を導き出すという、法学入門で必ず教わる「法的三段論法」である。
 なお、法律に規定されている要件事実は、その性質上、抽象化されているので、個々の事案においては、主体、日時、場所、方法、態様等によって特定され、具体化された社会的な事実として要件事実を主張することになる(被告の最初の提出書面は「答弁書」といい、それ以外は「準備書面」という)。
 Bの立証は、原告・被告によって主張された要件事実の立証であるが、当事者が自白した事実、顕著な事実(公知の事実、裁判所の顕著な事実)については立証を要しない。立法の方法としては、証人尋問、当事者尋問、鑑定、書証及び検証の5つがあるが、書証は、随時、答弁書、準備書面と同時に提出される。
 現実の立証過程は、決して特別の専門的知識を要しない、常識による、事実・証拠・経験則による推認の積み重ねである。また、法律要件分類説(規範説)による証明責任の分配という、実務的論点もあるが、自治体(行政庁)としては可能な限りの主張・立証に努め、裁判所の審理に協力するという姿勢が大事である。
 図の「法廷活動」としては、A主張→B立証という順序であるが、内部調査活動としては、B立証→A主張という順序になる。論より証拠である。
 Cの判決は、以上の主張・立証の過程を経て、裁判所が請求である権利・義務の有無・範囲を判断し、その結論を主文として明らかにするものである。敗訴した場合は、その理由を検討し、控訴の判断をすることになる(自治体が控訴する場合は議会の議決事項である)。

5 方法論
 1 総論
 以下、被告の立場での自前訴訟追行の方法論について述べる。
 答弁書の構成としては、請求の趣旨に対する答弁、請求の原因に対する認否及び被告の主張(事実経過と積極主張)を記載することになる。
 次に、口頭弁論期日は、1月から1月半に1回入り、その1週間前までに準備書面を提出することになる。書面の提出は交互に行われるため、2から3か月に1回提出する計算になる。その間、総力を挙げて準備(調査・検討)しなければならない。
 法的な主張と事実関係の主張をうまくリンクさせるためには、その基礎に証拠の評価があり、その証拠の評価から推認することができる事実関係がある。その評価、推認を的確に行うことが重要である。その上で主張を説得的に構成することになる。具体的には、
 @ 事件に関する過去の具体的な事実を、書類・(当時の)関係者等から詳しく事情聴取等を行い、事実を正確に認定する(事実関係の主張を途中で撤回ないし変更することは裁判所の心証を害する)。
 A @の中で、権利義務関係に関連する(するであろう)法的に重要な事実とそうでない事実とを区別(峻別)する。
 B 一般的な法的基準(大前提)に、Aの具体的な事実(小前提)をあてはめ、結論を導き出す(法的3段論法)。
 準備書面の構成に関し、最も大事なことは、(自己に有利な)書面による法解釈論と、その要件事実への(自己に有利な)事実の当てはめの論述能力である。
 法解釈は、事件に法を適用してそれを解決するに際して、適用する法律の意味内容を確定する作業である。大まかにリサーチする方向性の法的知識さえあれば、後はコンメンタール、判例集、関係論文を可能な限り狩猟することができる。法律上何が問題となるのかについての洞察力は、一言で言えば、リーガルマインド(法論理的思考力)の涵養としか、現段階ではいえない。
 2 やや各論
 では、具体的にどうすれば、答弁書、準備書面が書けるようになるのか。そのキーワードは、「AYA」の徹底的克服にある。すなわち、A=浅い事実認定、Y=弱い論理展開、A=甘い文章表現力である。逆に言えば、AYAの要素のある書面を提出する限りは勝てる訴訟も負けるということである。
 AYAを克服した書面を作成する勘所は、@「浮力」A「推力」として整理できよう。
 @ 浮力
 まず、原告の訴状、準備書面を徹底的に読み返し、事実認識の誤り、論理矛盾を浮かび上がらせ、暴くこと。
 そのツールとしては、自分の(既存の)知識だけでは当然限界があり、むしろ残薄に理解し、場合によっては誤解していることも多い(唯我独尊、知ってるつもり?)。そのために、徹底的に@事実調査、A基本書・関係論文の狩猟、B判例の検索を行う必要がある。
 その結果、自分の頭だけでは把握が困難であった、「相手の主張の論理矛盾」「それに対する当方の反論の骨子」が自然と「浮かび上がってくる」。【他人(文献・判例)の力を利用せよ!】
 A 推力
 @の「浮力」で得た全体的な反論をイメージを、「日本語の完全文章」として推進すること。
 そのポイントは、@相手の主張の的確な把握の上で、A当方の反論を、自然な無理のない、的確な(法)論理(ロジック)の流れ(起承転結)として作ることである。
 日本語の論述能力としては、論理性、的確性、正確性、流麗性、攻撃性が主な要素となる(論理的に説得力のある表現を、文献・判例から「うまく盗む」ことがコツである)。特に、ワンセンテンスに主語と述語は、原則ひとつ、そして、接続詞(順接的・逆接的)の効果的な使用を特に強調しておきたい。とにかく(事件を3桁のオーダーで抱える忙しい)裁判官に当方の主張を【砂漠の砂が水を吸うように】確実に・正確に理解してもらえるよう、「くどいくらい」「丁寧」に当方の主張を繰り返す必要がある。
 裁判官に適切な心証を得さしめるためには工夫が必要であり、工夫された書面は、指定代理人の誠実さと能力を示すものである。
 次回は、具体例を用いて今回述べたことを補充する予定である。


後記 町村にとり、訴訟(裁判)は、非日常的大事件である。その中で、本稿は「無謀にも」自前の訴訟追行を奨励するものである。地方分権時代の自治体法務の自立(力量向上)が本意であり、法曹への他意はないことを念のために付言しておく。