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T 自治体と行政争訟制度
自治体の政策形成活動に関して、住民と自治体間、国と自治体間、あるいは自治体と自治体間などに、法的な争いごとが生じることがある。このような行政上の争訟を解決する仕組みとして、行政争訟制度がある。法律または条例上の根拠がない非正式の行政争訟制度としては、前回取り上げた苦情処理制度があり、正式の行政争訟制度としては、行政不服申立制度と行政事件訴訟制度が設けられている。今回は、この行政不服申立制度(以下、単に「不服申立制度」という)を取り上げて、自治体におけるその運用や制度のあり方を検討してみよう。
1 不服申立制度とは
不服申立ては、住民がその不服を行政機関に申し立てて解決を図る制度であり、これに関する一般法として、行政不服審査法が制定されている。行政不服審査法は、「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保すること」(一条一項)を目的として制定されたものである。
(1) 不服申立ての種類
不服申立てには、三種類のものがある。処分が違法・不当である、または処分をしないという不作為が違法不当であるとして、直接問題の行政庁に不服を申し立てる異議申立て、当該問題の行政庁以外の行政庁に不服を申し立てる審査請求、この審査請求の後さらに不服を申し立てる再審査請求である。行政不服審査法は、このうち処分に対する不服申立ての場合は、処分庁に上級庁がある場合は原則審査請求を利用しなければならないという立場にたっている(五条、六条)。このように行政不服審査法が審査請求中心主義を採用しているのは、第三者による審査の方が、より公正な判断が期待できるからである。他方、不作為に対する不服申立ての場合は、異議申立てまたは審査請求のいずれかを選択することが可能である(七条)。この場合は、不服申立人は事務処理の促進を求めるものであるため、必ずしも審査請求の方がより救済に資するものとはいえないからである。
(2) 不服申立ての性質
不服申立制度は、苦情処理とは異なり正式の行政争訟制度であり、行政機関は要件を満たした不服申立てを受けた場合は、処分の適法性・妥当性に関して法的な判断を下す義務を負っている。他方、行政事件訴訟とは異なり、裁判所による厳格な手続に基づく裁判による救済制度ではなく、行政内部における簡易な手続による救済制度という位置付けである。
2 不服申立ての存在意義
このように行政事件訴訟制度のほかに不服申立制度を設ける意義には、いくつかのものがある(木佐茂男編著『自治体法務入門(第2版)』(ぎょうせい二〇〇〇年)二四五頁、―二四六頁参照)。
(1) 簡易・迅速な救済
第一は、住民に「簡易迅速」な救済手段を提供することである。裁判の場合は、時間・費用等の紛争解決コストが大きくなりがちであるが、不服申立ての場合は、その利用料は無料であり、裁判と比べると審理手続が簡略なため、簡易・迅速な解決が可能である。もっとも、実際は、不服申立ての処理が常に迅速なわけではなく、宮崎県の土地区画整理事業に関する審査請求十九件の平均処理期間は、六九八日間ということであり、一般に認容率も低いことが指摘されている(田中孝男「自治体における行政不服審査の実態」自由と正義六巻四五号(一九九四年)三七頁)。ただ、情報公開条例に基づく不服申立てのように認容率が比較的高い分野もある。
(2) 適法性・妥当性の審査
第二は、不服申立ての審理では、処分の適法性に加えて処分の妥当性も審査されるということである。住民の立場からは、救済の拡大であり、自治体は自己統制の契機としても活用できることになる。もっとも、市町村の処分が都道府県の機関に審査されたり、都道府県の処分が国の機関の審査に付される場合は、自治体の自己統制というよりは、国または都道府県による監督手段となりうることに注意を要する。従来、裁定的関与として、地方自治の観点から、その問題点が指摘されてきたところである(人見剛「地方自治体の自治事務に関する国の裁定的関与の法的統制」都立大学法学界雑誌三六巻二号(一九九五年)五九頁以下)。
(3) 紛争のスクリーニング機能
第三は、裁判に至る前の不服の解決という点で、裁判所の負担軽減機能を果たしうることである。紛争のスクリーニング機能といえよう。課税処分など大量の処分がなされる行政分野では、必然的に住民との紛争が生じる確率が高くなるが、このような分野では不服申立制度の利用によって裁判所の負担が軽減される可能性がある。実際にも、地方税の場合などは不服申立ての利用が強制されており、住民は不服申立ての利用後、裁判所に訴えを提起することとなっている(地方税法一九条の一二)。このような不服申立前置主義が採用されるのは、紛争のスクリーニング機能を期待することのほか、専門知識を有する機関による判断の介在の合理性ということがある。
3 不服申立制度の運用のあり方
このように不服申立制度の大きな目的は、住民に簡易迅速な救済手段を提供し、行政活動の適正を確保することにある。しかし、このような法の建前とは異なる運用がなされている場合があり、住民の不服申立てに対して自治体は、制度の趣旨に沿った適正な対応が求められているといえよう(木佐編著・前掲書・二四六頁、―二四七頁以下参照)。
(1) 住民意思の尊重
まず不服申立ての段階では、住民による不服の申立ての趣旨が、苦情の申立てであるかあるいは行政不服申立てであるか判然としない場合があるが、このような場合は、判例上は、不服申立人の意思の解釈によるとされている(最高裁昭和三二年十二月二五日判決民集一一巻一四号二四六六頁)。従って、審査機関は、この段階では、不服申立人に対して苦情処理と不服申立制度の違いを説明して、申立人がどのような解決を求めているかということを把握し、あくまでも住民の意思を尊重して判断することが求められる。この段階において、職員が不服申立ての回避行動をとる傾向にあることが指摘されているが(田中・前掲論文・三七頁)、過度の抑制指導は、行政不服審査法の趣旨に反するというべきである。(2) 事案の積極的解明
不服審査の段階では、審査機関は、積極的に事案を解明し問題を解決するということが求められる。行政不服申立ては、訴訟と異なり、当事者の申立てがなくとも審査機関がみずから職権で参考人の陳述や鑑定を求めることができる(行審二七条)など職権証拠調べが認められるだけではなく、当事者が主張しない事実も取り上げて処分の違法・不当を判定できると解されている(最高裁昭和二九年一〇月一四日判決・民集八巻一〇号一八五八頁の職権探知の法理は行政不服審査法のもとでも妥当する)。そこで審査庁は、不服審査の場合は積極的に事案を解明し処分を再評価するいう観点から審査することが望まれる。また、住民への説明責任を果たすという観点からは、手持ちの関係書類や物件などを不服申立人が利用できるようにするということも必要である。もっとも、地方自治の観点から審査範囲を抑制をすべき場合があることに注意が必要である(人見・前掲論文、八三頁以下参照)。
(3) 迅速な処理
最後に、不服に対する判断は、迅速に行われることが要請される。行政不服審査法は、不服申立ての処理期間についての定めは置いていないが、不服申立前置主義が採用されている処分の場合でも、不服申立てから三カ月を経過したときには、その結果を待たずに訴訟の提起が可能であるとされている(行政事件訴訟法三条一項一号)。従って、現行法は、不服申立てがあった場合、審査機関は三カ月以内に事案を処理することを期待していると解することができよう。
こうして不服申立制度は、住民に簡易・迅速な救済を与え、これによって行政の適正を図る制度として運用されることが期待されている。不服申立ての運用は、行政不服審査法によって一義的に規定されている訳でないため、自治体では条例を制定してその解釈運用の仕方を明確にしておくということも考慮すべきであろう。
U 分権改革と不服申立制度
さて、行政処分があった場合に、それに対する住民の不服を審査する機関(審査庁という)は、原則当該処分をした行政庁(処分庁という)の上級庁である。分権改革前は、機関委任事務が存在しており、この関係で市町村長・都道府県知事が国の機関として位置付けられていたときには、市長村長の場合は知事、知事の場合は主務大臣が上級庁として不服申立に対する審査庁となっていた(旧自治法一四八条、一五〇条)。分権改革によって、機関委任事務は廃止されたが、このような主務大臣や知事による裁定的関与の仕組みは、依然、存続することとなった。
1 自治体の事務と裁定的関与
今回の分権改革で、自治体の事務は、自治事務と法定受託事務の二種類の事務に再編されている。
(1) 法定受託事務と審査庁
法定受託事務の場合は、@都道府県知事その他の都道府県の執行機関の処分については、所管の大臣、A市町村長その他の市町村の執行機関の処分については、都道府県知事に不服を申し立てることができるとされている(自治法二五五条の二)。つまり、法定受託事務の場合は、従前の機関委任事務と同様に、国または都道府県の機関による一般的な裁定的関与がなされることとなっている。
(2) 自治事務と審査庁
他方、自治事務については、法定受託事務に関するような一般的な裁定的関与はないが、地方自治法の個別条文に基づく裁定的関与はそのまま残された(二四四条の四第一項・第六項、二五五条の三)。もっとも、旧自治法二五六条が定めていた裁定的関与前置主義はさすがに廃止されるところとなっているが、分権改革前後で、不服申立制度が果たす中央集権的な機能に大きな変化はなかったということができる。
(3) 地方自治と裁定的関与
このような制度は、今後、地方自治の本旨の観点から見直されるべき制度であるとする見解(塩野宏『行政法V(第二版)』(有斐閣二〇〇二年)一八八頁)が有力に主張されている。不服申立てに関しては、地方自治の観点から自治体内部で完結することを原則とし、当該自治体における第三者的な不服解決の仕組みを工夫することが可能と考えられる。現状においても、情報公開審査会の諮問を経たり、あるいは、原課の判断に法制担当部局が関与するなど内部的に公正を確保する仕組みが工夫されており、このような仕組みを確立・強化することによって、自治体内部で完結する不服申立制度を構想することができるものと思われる。
(4) 裁定的関与と訴訟
国民健康保険事業を行う大阪市が大阪府国民健康保険審査会の裁決に対して取消訴訟を提起した事件で、最高裁は、@保険者たる市と審査会は一般的な上級行政庁と下級行政庁の場合と同様の関係に立つこと、A市の出訴を認めると権利救済の遅延をもたらし第三者たる審査会を設けて権利救済を十全ならしめようとした制度目的に反することを述べて、大阪市の原告適格を否定している。最高裁は、この事件で保険事業を行う市町村は、「国の事務を担当する行政主体としての地位に立つもの」とみているが、現行の自治事務および法定受託事務は、いずれも自治体の事務であり、このような事務に対する違法な裁定的関与の場合には、日本国憲法が保障する自治権を侵害するものとして、自治体は原則裁判所に救済を求めることができるものと考えられる(塩野・前掲書・一九三頁参照)。
V 国又は都道府県の関与と係争処理手続
この度の分権改革では、裁定的関与に関しては裁判的統制を確保するという立法政策は採用されなかった。しかし、都道府県ないし市町村が、住民とは異なる固有の資格において国又は都道府県から関与をうける場合には、裁判による紛争解決を含む係争処理手続が法定されることとなった。
1 国と自治体間の係争処理
国が行う関与に自治体が不服の場合は、自治体の執行機関は、関与を行った国の行政庁を相手方として、国地方係争処理委員会に、審査の申出ができることとされている。
(1) 国地方係争処理委員会の審査
この場合の審査の申出対象は、「国の関与のうち、是正の要求、許可の拒否その他公権力の行使に当たるもの」(自治法二五〇条の一三第一項)のほか、国の側の不作為・協議である(同二項、三項)。この自治体の審査の申出は、原則三十日以内に行うことになっており(同四項)、委員会は、自治事務の場合は、当該関与が違法ではなく、また自治体の自主性・自立性を尊重する観点から不当でないかどうかを審査し、違法・不当と認めるときは、国の行政庁に対して必要な措置を講ずべきことを勧告する(自治法二五〇条の一四第一項)。他方、法定受託事務の場合は、国の関与の違法性のみを審査することとなる(同二項)。 日本中央競馬会に課税する「勝馬投票権発売税」を新設する条例について総務大臣が不同意としたことに対して、横浜市長が国地方係争処理委員会に審査の申出をした事例で、委員会は、「総務大臣の不同意は、自治法及び地方税法で定める協議を尽くさずになされた点に瑕疵(かし)がある」として、総務大臣は不同意を取り消し横浜市と改めて協議すべきことを勧告している(国地方係争処理委員会平成十三年七月二十四日・判例時報一七六五号二六頁)。総務大臣は、この勧告に基づいて現在横浜市と再協議中である。
(2) 裁判による紛争解決
国の違法な関与に対して自治体は権利侵害を根拠にして訴訟が認められるかあるいは法律で特別の定めがある場合にだけ権利侵害とは無関係に機関訴訟として認められるかは議論があるところである。この点に関して、自治法は、機関訴訟としての位置づけのもと、自治体の執行機関は国地方係争処理委員会の審査結果に不服があるときなどには、高等裁判所に訴えを提起することができるものとしている(二五一条の五第一項、第三項)。従って、国の一定の関与に関しては、最終的に裁判所の判断が確保されていることになる。
2 都道府県と市町村間の係争処理
また都道府県による市町村に対する関与に対しても、係争処理手続が設けられた。
(1) 自治紛争処理委員の審査
都道府県による市町村への関与については、事件ごとに、総務大臣が任命する自治紛争処理委員による処理手続が設けられた(自治法二五一条の三)。この場合の審査の申出対象・審査内容は、国地方係争処理委員会による手続に準ずるものとなっている。
(2) 裁判による紛争解決
また、最終的に、裁判所による紛争解決が確保されていることも国と自治体の係争処理と同様の仕組みになっているところである。
以上のように、国と自治体・都道府県と市町村の間に「対等・協力」の関係を構築するため、その間に法治主義を徹底させ最終的に裁判所による紛争解決の仕組みを設置したところに、今般の分権改革の大きな特色をみることができる。
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