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A町立診療所の事務長Bさん
うちの診療所に高血圧症の治療のため入院していた80才のCさんが、8月16日の早朝、呼吸不全のために亡くなりまして………
弁護士
それはお気の毒でしたね。
Bさん
実は、昨日の午後1時に突然札幌地方裁判所の執行官が来て、「検証期日呼出状」と「証拠保全決定書」なるものを受付窓口に提出して、「本日午後2時よりCさんのカルテ等の証拠保全をさせていただきます。」と告げたのです。
弁護士
それは、大変でしたね。驚いたでしょう。
Bさん
しかも、午後2時になると、裁判所の裁判官と書記官や、遺族が依頼した弁護士などが大勢診療所に来ましたので、診療所は大パニックになりましたし、町の人達もびっくり仰天しました。まだCさんの遺族から訴訟を起こされたわけでもないのに、裁判所にカルテをコピーする権利などあるのでしょうか。
弁護士
「証拠保全」とは、「正規の証拠調べの時期まで待っていては、その証拠方法の使用が困難になる場合に、あらかじめ訴訟の手続とは別個に事前に証拠調べをする手続」です。
今回、Cさんが亡くなったのは診療所の診療に過失があったことが原因であればA町を被告として損害賠償訴訟が提起されますが、診療所がCさんのカルテを改ざんする恐れがあるので、改ざんされる前のカルテをコピーしておくために証拠保全の申立をしたのでしょう。
Bさん
あの、今「カルテの改ざん」と言いましたけど、一体誰が改ざんするのですか?
弁護士
改ざんするとしたら、診療所の医師か、それとも………(Bさんをジーッと見る)
Bさん
(あわてて手を振りながら)
ちょっと待って下さいよ!
どうして私がCさんのカルテを改ざんしなければならないんですか。ひどいですよ!私を犯罪者扱いして………(と涙ぐむ)
弁護士
あくまで一般論ですから気にしないで下さい。
証拠保全手続は、民事訴訟法234条で認められております。ただ民事訴訟法234条には、「裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは〜証拠調べをすることができる」と規定されており、必要がある場合にだけ証拠保全が認められるように見えるのですが、現実には患者側の言い分だけしか聞かずに決定を出すので、患者側が申立をすれば全件証拠保全決定が出てしまっているのが現在の裁判所の運用状況です。
Bさん
証拠保全決定に不服申立はできないのでしょうか?
弁護士
残念ながら民事訴訟法238条に「証拠保全の決定に対しては、不服を申し立てることができない」と規定されており、争う方法はありません。裁判所が証拠保全に来たら、1室提供して、職員1名を立ち合わせ、検証目録に記載されているカルテなどの書類を渡して、コピー機も貸してあげて、コピーさせ、1分でも早くお引き取りいただくようにした方が良いでしょう。
Bさん
最近医療訴訟が増えていますから、いつまた裁判所から証拠保全にやってくるか分かりません。注意すべきことを教えて下さい。
弁護士
証拠保全手続には、患者側代理人弁護士が同行して来ますが、証拠保全は、話し合いの場ではありませんし、患者側弁護士の質問に回答する義務もありませんから、質問に答えてはいけません。
うっかり質問に答えると、患者側は、後日訴訟において自分達に有利な証拠として使用する可能性が高いと考えて下さい。
但し、たとえば裁判所から、「CTフィルムがないのか」というような診療記録そのものに関する質問についてはきちんと説明しておく必要があります。
Bさん
証拠保全が終ってしまえば、診療記録は裁判所に提出する必要はないのでしょうか。
弁護士
後日訴訟を提起された場合には、再度診療記録を裁判所に提出することになりますから、証拠保全時の状態を保持することが必要です。これはカルテの補正全般について言えることなのですが、修正液を使用しては絶対にいけません。必ず改ざんを疑われます。どうしてもカルテの補正が必要な場合には、補正理由、補正内容、補正年月日、補正者氏名を記載した別紙を作成して記録に綴っておきましょう。
Bさん
よく分かりました。
ところで、Cさんは高血圧症のために入院したのですが、脳腫瘍のため呼吸不全に陥り、死亡したという診断なのですが、本件では警察に届ける必要はなかったのでしょうか。
弁護士
医師法21条は、異状死体について、24時間以内に所轄警察署への届出義務を規定しておりますが、とくに都立広尾病院の最高裁判決(注1)が出てからは、医療機関は皆ぴりぴりしていますね。都立広尾病院の一審判決(注2)を読むと、診療中の入院患者であっても診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるときは、届出義務を認めたようにもみえますが、これらの場合のすべてを異状死として届出義務があるとするのは抵抗があります(注3)。
判断に迷ったときは、日本法医学会の異状死ガイドラインや日本外科学会の指針を参考にしながら、所轄警察署と相談してみることをお勧めします。
(注1)最高裁は、死体を検案して異状を認めた医師は、自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも、届出義務を負うものとした。
最高裁平成16年4月13日判決(判例時報1861号140頁)
(注2)東京地裁平成13年8月30日判決(判例時報1771号156頁)
(注3)異状死体の届出義務に関する最近の議論については、判例タイムズ1238号4頁以下を参照されたい。
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