顧問弁護士の目で見た町村行政I
「知っておきたい住民訴訟の基礎知識」
北海道町村会顧問弁護士 佐々木泉顕
「フロンティア180」夏季号・第46号より

A町の職員B
 「最近『住民訴訟』に関する報道が増えていますが、『住民訴訟』とはどのようなものでしょうか?」
弁護士
 「元来『訴訟』とは、個人の具体的権利に関するトラブルを裁判所が公平に判断するものですが、『住民訴訟』は個人の具体的権利を保護するものではなく、住民の手によって地方公共団体の財政の腐敗防止を図り、住民全体の利益を確保することを目的とするもので、地方自治法によって特別に認められた訴訟です。従って、住民訴訟を提起するためには、地方自治法242条、242条の2に定められた手続きによって行わなければなりません。
 例えば、いきなり住民訴訟を裁判所に起こすことはできず、まず、監査委員に対して『住民監査請求』をしなければなりません」
Bさん
 「それは知っております。『監査請求前置主義』ですね」
弁護士
 「今日はいつもより出来がいいね。ところでどうして、『監査請求前置主義』というシステムをとっているのか知っていますか?」
Bさん
 「住民訴訟の対象となるのは、地方公共団体の機関または職員の財務会計行為ですが、財務会計に関する部分は、かなり専門的なものですので、いきなり裁判によるよりも、まず内部機関である監査委員の判断により、公共団体内部において自主的解決を求めるべきであることと、それによって迅速な解決が可能となり裁判所の負担を軽減させる効果があります」
弁護士
 「今日のBさんは、いつもとまるで別人のようですね。
ところで、A町内の社会福祉をもっと充実させるべきであるという趣旨の住民監査請求がなされた場合、監査委員はどのように対応すべきか分かりますか?」
Bさん
 「えーと、住民訴訟制度は地域住民の全体の利益を確保することを目的とした制度であり、その前置手続が監査請求制度ですから・・・社会福祉の充実は住民全体の問題ですので・・・」
弁護士
  「おや、住民訴訟の対象となるのは、地方公共団体の機関または職員の財務会計行為でしょう。先程述べたように、住民訴訟は、地方公共団体の政策全般についてのチェックではなく、地方公共団体の財政の腐敗防止を図るものですから、監査の対象となるのは、財務会計上の行為に限定されるのです。
 従って、先程の住民監査請求は住民監査請求制度になじみませんので、『却下』されることになります。住民監査請求の請求内容についての審理がされて『棄却』される場合とは異なりますから十分注意してください。
 住民監査請求の中には、明らかに住民監査請求の制度になじまないものが相当数ありますので、混同しないように注意する必要があります」
Bさん
 「ところで、具体的には住民訴訟の対象となる行為はどのような場合が多いのでしょうか」
弁護士
 「多いのは各種団体に対する補助金を交付した場合ですね。特に不況が長期化している最近では、純粋な民間企業も経営が厳しくなっており、第3セクター方式で設立をした株式会社も経営が悪化しているところが非常に多くなってきています。かように経営が悪化した第3セクターに対して、公金を支出することは、他の民間企業との間に不公平を生じる可能性があることから、非常に微妙な問題があります」
Bさん
 「でも、例えばA町内にはA町観光協会株式会社という第3セクターがありますが、もし、この会社がつぶれてしまえば、A町の観光産業は大打撃を受けてしまうことになるのですが、それでも公金支出は許されないのでしょうか?」
弁護士
 「判例によれば、A町観光協会株式会社が、A町の観光振興に寄与しており、雇用の拡大、人口流出防止などの効果がある場合には、公金支出も合理的な範囲内では認められますが、例えば経営が破綻し、再建の見込みがない状態に陥っている第3セクターへの公金支出は、最近の経済情勢からすれば違法と認定される可能性が高いと考えられますのから、十分注意する必要があるでしょう」
Bさん
 「以前、A町の町長のCさんが、Cさん個人を被告とした住民訴訟を町民のDさんから提起されてしまったのですが、この点については地方自治法の改正によって昨年から変更されたという話を聞いたのですが?」
弁護士
 「改正前は、町長あるいは他の職員に対する個人責任を追及するという形をとっていましたが、それでは、例えば公金支出に至るまでの政策判断手続などを明らかにするための証拠や資料の活用が、手続的には面倒であるため、実質的には被告本人であるCさん個人とA町が共同して訴訟を遂行していくというのが実態でした。また、首長個人が裁判で被告となるということは、精神的にも経済的にも相当の負担であり、これらの点を昨年改正したのです」
Bさん
 「そうですよね。Cさんは、『議会の議決も得た上で、公金の支出を決定しており、しかも自分が1円ももらった訳でもないのに、どうして被告にならなければいけないのだ』と、ずい分立腹しておられました」
弁護士
 「Cさんが怒るのも無理ないですね。確かに裁判で首長が個人として被告となるのは、大変なプレッシャーとなりますから、被告となる危険を避けるため政策判断に際して過度に慎重になったり、事なかれ主義の弊害が生じる可能性がありますからね。その意味でも昨年の改正は、首長個人ではなく、地方公共団体のための改正であるといえます」
Bさん
 「Cさんに対する訴えは棄却されたので、Cさんは1円も支払うことなく終わったのですが、仮に判決でDさんが勝訴して、CさんがA町に金員を支払えという内容の判決が出た場合、A町はCさんに支払を請求しなければならないのでしょうか」
弁護士
 「この点については、地方自治法96条1項10号に基づき、議会の議決によってCさんに対する損害賠償請求権を放棄することができるという判例が出ました(東京高裁平成12年12月26日判決 現在最高裁で審理中)。
 議会の権限を重視した注目すべき判決ですので、よく研究しておいてください」