
顧問弁護士の目で見た町村行政@
「真剣に検討しよう。悪質滞納者対策」
北海道町村会顧問弁護士 佐々木泉顕
「フロンティア180」夏号・第37号より
| 真剣に検討しよう。悪質滞納者対策 A町の職員 「うちの町営住宅の入居者の中に賃料を滞納している人が何人もいて困っているんですよ。これが 滞納者リストです。」(と言って、滞納者名と滞納家賃月数が書かれた滞納者リストを弁護士に示す) 弁護士 「どれどれ、やあ、一番多い人は11か月分も滞納しているんですか。これはひどいなあ。」 A町の職員 「あの〜(言いにくそうに)、11か月ではなく、11年なんですけれど」 弁護士 「11年……。」(思わず絶句してしまう。ややしばらくして気を取り直した)「11年といえば月に直せば、132か月分ですよ。こんなに家賃を滞納しているのに全く催促していないのですか?今まで退去を求めたことはないのですか?」 A町の職員 「担当の職員が交代するたびに、Bさんに、賃料を支払わないなら退去してもらうということを告知しに行くのですが、そうするとBさんは、『町営住宅に住めなくなったら、お前の家の前で首を吊って死んでやる』と言って担当者を脅かすものですから、担当者はみんな嫌がって、自分の担当が別の部署に代わるのを首を長くして待っているという状態なんです。」 弁護士 「Bさんは、賃料を支払えない程お金に困っているんですか。」 A町の職員 「いや、隣の町のある会社に勤めていて、給料は私より高いはずですし、外車も乗り回しているようです。」 弁護士 「(少し怒りながら)それはとんでもない人ですね。大体、11年も賃料を払っていないということであれば、Bさんと同じように町営住宅に入居して、真面目に賃料を払っている人と比べると、不公平ということになるでしょうし、担当者の職務怠慢ということで、責任問題にもなり兼ねないと思います。他の入居者との公平を図るためにも、賃料滞納者には、住宅明渡しという断固とした措置をとるべきです。」 A町の職員 「でも先生、そんなこと言ったって私たちがいくら言ってお願いしても、又、首を吊って死んでやるぞと言って脅かされるのが関の山です。」 弁護士 「大丈夫。別にあなたがたが直接Bさんと交渉する必要はありません。法的手続をとれば良いのです。具体的には、退去命令の通知を出して、Bさんがそれに従わなければ、裁判所に住宅明渡しと未払い賃料の支払いを求める訴状を提出することになります。そして、建物明渡しと未払い賃料の支払を命じる判決をもらうのです。」 A町の職員 「でも判決が出ても、Bさんが素直に裁判所の命令に従うかどうか…」 弁護士 「判決が出たとしても、そのまま判決に従って出ていく人などいません。そのような人なら、そもそも賃料など滞納することもないはずです。法律は、判決に従わない人間に対して、強制的に住宅を退去させる手続を定めております。これが強制執行手続です。」 A町の職員 「その強制執行手続というのは、具体的には誰がどのように行なうのですか。」 弁護士 「裁判所には裁判官のほかに、執行官という人がおり、裁判官が判決を下した後、その判決文を執行官に提出して判決文に従った執行をしてもらうように申立をします。その後は、執行官が相手方に対し、任意に明渡しをするように説得を行ない、説得に応じない場合には、運送業者等に執行官を補助させて、強制的に荷物を全部運び出して、建物の明渡しを行なうことになります。裁判所や明渡しの強制執行時には代理人の弁護士が立ち会えば良いので、町の職員の方はBさんと話をする必要もありません。」 A町の職員 「でも先生、裁判には時間がかかるものだと聞いておりますが……」 弁護士 「賃料滞納を理由とする建物明渡し訴訟は1回の口頭弁論期日だけで終了し(注1)、期日が終了してから1か月以内に判決が出されますので、裁判所に訴状を提出してから判決言い渡しまでにかかる時間は約2、3か月です。判決が出てから強制執行申立、強制執行完了までは約2、3か月程度見ておけば良いので裁判所に訴状を提出してから強制執行完了までは準備等の時間を考慮しても、全部で約6か月程度の時間をみておけば十分だと考えてください。」 A町の職員 「えっ、そんなに早いのですか。ところで11年分のたまった未払賃料は請求できるのでしょうか。時効の問題があると聞いているのですが。」 弁護士 「公営住宅は公の営造物とされていますが、賃料の法的性質については、最高裁判所の判決で私法上の債権とされており、民法169条の適用があり、時効期間は5年間とされております。そして民法の適用があるため、Bさんが時効による消滅を主張しない限り(注2)、11年分全額を徴収することができます。但し、Bさんが裁判で時効の主張をした場合には、町が督促手続などを行なっていた場合は別として、町の賃料請求は5年分以外は認められないことになります。職務怠慢と非難される前に賃料滞納者に対する督促手続、建物明渡し手続を行なうべきでしょう。あなたが配置替えになるのを待っているだけでは、問題の先送りで何も解決はしません。 なお、北海道の道営住宅入居者についてもA町と同様の問題があり、家賃滞納が増えて家賃の未収率が10%を超えたため、今までは36か月分以上または150万円以上の滞納を対象として訴訟提起を行なっていたのですが、来年度からは、家賃滞納6か月分以上、又は30万円以上の場合に基準を変更して、訴訟提起して明渡しを求めることに決まりました。この道庁の積極姿勢は評価できますが、民間賃貸住宅と比べるとまだまだ甘いものといわざるを得ません。民間の場合、2か月以上滞納すると、法的手続をとる業者がほとんどです(注3)。それは、悪質入居者はどんどん退去させて新しい入居者を入れなければ、賃貸業者の経営自体が困難となってしまうからです。それに対して、公営住宅は民間よりも色々な条件で恵まれているにも関わらず、悪質な賃料滞納者を放置しておくことは公平の理念からも許されないものと考えます。よく検討をして下さい。」 A町の職員 「早速、役場に戻って上司と検討します。ありがとうございました。」 注1:口頭弁論期日といっても、民事裁判の場合は、10分程度の時間で終了する。当事者が裁判所 で何時間も論争するわけではないのである。 注2:この主張を「時効の援用」という。 注3:中には、裁判手続をとらずに、自力で家賃滞納者の家財道具を運び出してしまう業者さえもいる。 しかし、このような自力執行行為は、不法行為となってしまうので、地方公共団体は絶対に行なっては ならない。あくまでも、司法手続によるべきである。 |