公立病院における診療債権の消滅時効について
 
(質問)
 公立病院における診療に関する債権については、民法第170条第1号に基づき3年とすべきか、それとも地方自治法第236条第1項に基づき5年とすべきか。

(回答)
1 伝統的な解釈
(1) 行政実例
 従来から、行政実例では、次のような見解を示しています(昭和34年5月26日自丁行第73号全国都市監査委員会長宛行政課長回答)
(問)
 市立病院医療費の時効については、3年とする説と5年とする説があるが、これに対する貴職の見解を承りたい。
(答)
 設問の医療費は市立病院の行う診療の対価として営造物(現行法では公の施設)の使用料と解されるので、地方公共団体の医療費請求権の時効については、民法第170条第1号の適用はなく、自治法第225条第5項(現行法では236条第1項)の規定によるべきである。
(2) 文献
ア 公法上の債権と私法上の債権について
 「公法と私法の区分は、古くから多くの人によってあらゆる角度から論ぜられてきた問題であり、いまだに解決されていない基本問題の一つであります。あえてこれを一般的にいえば、地方公共団体が法人として有する権能には、行政権の主体として一般私人の有しない特別の権能と、一般私人のもつ権能と同様の機能があります。前者の権能に基づき生ずる債権が公法上の債権であり、後者の権能に基づき生ずる債権が私法上の債権であるといえましょうが、最終的には、個々具体的に判断する必要があります」(地方財務実務提要第3巻(ぎょうせい)地方自治制度研究会6451p)。
イ 公立病院の医療費について    
 上記提要では、使用料の消滅時効(病院使用料・6458p)、公立病院の治療費の時効(6472p〜6474p)、公立病院の医療費の時効(6474p〜6475p)に関し、上記行政実例の解釈に照らし、あるいは、公の施設の使用料に該当するものとして地方公共団体の公法上の債権であると解し、このような債権の時効は地方自治法第236条第1項が適用されるから、5年であるしているところです。
2 事案の検討
(1) 民法と地方自治法
 民法第170条第1号は、「医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権」は、3年間行使しないときは消滅する旨規定されており、これは同法第167条第1項の「債権は、10年間行使しないときは、消滅する」という規定の特別規定です。
 また、地方自治法第236条第1項では、「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間これを行なわないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする」とされています。
 このような法制度の下、公立の病院における診療に関する債権については、その利用関係の実質に注目して民法第170条第1号を適用するのか、公の施設の使用料という法的な性格に注目して地方自治法を適用するのか、議論の分かれていたところです。 
(2) 事案に係る最高裁判決の立場
 この点に関し、最高裁は次のように判示しました(平成17年11月21日第二小法廷判決・判例紹介(診療費等請求事件)参照)。
 公立病院において行われる診療は,私立病院において行われる診療と本質的な差異はなく,その診療に関する法律関係は本質上私法関係というべきであるから,公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間は,地方自治法236条1項所定の5年ではなく,民法170条1号により3年と解すべきである。
 以上と同旨の見解に基づき,本件の診療費等の債権のうち,その履行期から本件訴え提起時までに3年を経過したものについて,時効により消滅したとする原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。
 なお、新聞報道では「平成11年6月から平成12年12月の市立病院での未払診療費約900万円の支払を求めて平成15年8月に提訴。1審は5年説を採用して患者側に全額の支払を命じたが、2審は3年説を採用して平成12年8月以降分の1万6400円しか認めなかった。市側は『公立病院』採算の取りにくい医療を担当しており、私立病院とは異なる」と上告したが、第二小法廷は『公立病院と市立病院の診療に本質的な違いはなく、民法が適用される』と退けた」とされています(11月21日付け毎日新聞)。
 したがいまして、お尋ねの事案については、民法第170条第1号の規定に基づき、3年間これを行使しないことにより消滅するものと解します。
(3) 実務に与える影響
ア 類似事案に係る判例の立場
 最高裁判所は、水道料金債権の消滅時効に関し「水道供給契約は私法上の契約であり、したがって、被控訴人が有する水道料金債権は私法上の金銭債権であると解される。また、水道供給契約によって供給される水は、民法173条1号所定の『生産者、卸売商人及び小売商人が売却したる産物及び商品』に含まれるものというべきであるから、結局、本件水道料金債権についての消滅時効期間は、民法173条所定の2年間と解すべきこととなる」との東京高等裁判所の判決を是認する決定を下しているところであり(平成15年10月10日第二小法廷決定)、上記判決はこのような従来の同裁判所の考え方の延長上にあるものといえます。
イ 実務への影響
 上記最高裁決定が実務に与える影響に関し、次のような点が指摘されていいるところですが(判例地方自治第249号123頁(水道料金の消滅時効)、自治実務セミナーVOL.42NO.12(2003)29p等)、これらの問題は公立病院における診療債権にも当てはまるところです。
@ 利用者が消滅時効を援用したときは、料金を徴収できないこと。
A 利用者が援用の利益を放棄したときは、料金を徴収できること。
B @及びAのように援用の有無により、徴収したりしないこととなるのは不都合があることから、新たに条例を制定し、利用者の援用の有無にかかわらず、時効期間を徒過した場合には、一律に免除又は放棄する旨明文化することについて検討する必要があること。 
C 既に滞納料金を5年間分納付した利用者から、時効期間を超える分につき返還請求があったときの対応について検討する必要があること。

(参照条文)
○民法
 (債権等の消滅時効)
第167条  債権は、10年間行使しないときは、消滅する。
2  債権又は所有権以外の財産権は、20年間行使しないときは、消滅する。
 (3年の短期消滅時効)
第170条 次に掲げる債権は、3年間行使しないときは、消滅する。ただし、第2号に掲げる債権の時効は、同号の工事が終了した時から起算する。
 一  医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権
 二  工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権
○地方自治法
 (金銭債権の消滅時効)
第236条 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間これを行なわないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
3 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき法律の規定がないときは、民法 (明治29年法律第89号)の規定を準用する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
4 法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、民法第153条 (前項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。