損害賠償請求権行使請求事件(川崎市)

○ 地方公共団体が,第三セクターの借入債務について金融機関との間で締結した損失補償契約が,法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律3条に違反すると判断された事例

横浜地裁 平成18年11月15日
事件番号 平成17(行ウ)28
事件名   損害賠償請求権行使請求事件
出典    最高裁判所ホームページ

【判示要旨】
 地方公共団体が,第三セクターの借入債務について金融機関との間で締結した損失補償契約が,法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律3条に違反すると判断された。

【判決】(抜粋)
主文
1 原告の被告に対する,橋清に9億円及びこれに対する平成17年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求するよう求める訴えを却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,橋清及び阿部孝夫に対してそれぞれ9億円及びこれに対する平成17年1月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員,株式会社横浜銀行に対して4億5000万円及びこれに対する同日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員,株式会社みずほ銀行及び川崎信用金庫に対してそれぞれ2億2500万円及びこれに対する同日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を請求せよ。

第2 事案の概要
1 事案の要旨
 川崎市(以下,たんに「市」ともいう)は,かわさき港コンテナターミナル株式会社(以下「訴外会社」という)が第三セクター方式で設立されるに際して,株式会社横浜銀行(以下「横浜銀行」という,株式会社みずほ銀行(当時の株式会社第一勧業銀行。以下「みずほ銀行」という)及び川崎信用金庫(これらの金融機関を以下「本件各金融機関」という)との間で,本件各金融機関の訴外会社に対する融資について,本件各金融機関が損失を被った場合には,その損失を補償する旨の協定(以下「本件協定」という)を締結した。
その後,川崎市は,訴外会社が破産宣告を受けたことから,本件各金融機関との間で,横浜銀行に対して4億5000万円,みずほ銀行(当時は株式会社みずほプロジェクト及び川崎信用金庫に対してそれぞれ2億2500万円以下,併せて「本件損失補償金」という)を支払う旨の和解契約(以下「本件和解契約」という)を締結し,同金額を支払った。
本件は,川崎市内に事務所を置く社団である原告が,本件協定は「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律(以下「財政援助制限法」という) 3条に違反し,無効であるから,本件損失補償金の支出は違法な公金の支出であるとして,被告に対し地方自治法242条の2第1項4号に基づき,@ 本件協定を締結した当時の川崎市長である橋清以下橋元市長という及び本件損失補償金の支出命令を発した川崎市長である阿部孝夫(以下「阿部市長」という)に,それぞれ9億円及びこれに対する支払日の翌日からの遅延損害金の賠償を請求するように求めるとともに,A 本件各金融機関に対して不当利得として上記各損失補償金及びこれに対する同日以降の利息の支払を請求するよう求めた事案である。

第3 争点
1 本件監査請求は,監査請求期間を遵守してされたものかどうか。
また,本件監査請求が監査請求期間後にされたとすれば,この点について原告には地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるかどうか。
2 本件協定は財政援助制限法3条に反する違法なものであるかどうか。
また,本件損失補償金が支出されたことについて,橋元市長及び阿部市長は市に対し損害賠償をすべき義務があるかどうか,本件各金融機関は市に対し本件損失補償金を不当利得として返還すべきかどうか。

第5 当裁判所の判断
1 争点1(監査請求期間の遵守等)について
(1) 前記第2,2(2)及び(5)のとおり,本件損失補償金については,本件協定の締結(支出負担行為)が平成6年5月10日,本件和解契約の締結が平成16年12月27日支出命令が平成17年1月7日支出狭義の支出が同月14日に行われている。そして,前記第2,2(6)のとおり,本件監査請求は同年3月7日にされている。
(2) 支出命令及び支出についての監査請求について
ア支出負担行為,支出命令及び支出は,特定の支出するために行われる一連の行為ではあるが,互いに独立した財務会計上の行為であって,地方自治法242条2項本文所定の監査請求期間は,それぞれの行為のあった日から各別に計算すべきものである(最高裁判所平成14年7月16日第三小法廷判決・民集56巻6号1339頁参照。したがって,上記によれば,本件における支出命令及び支出についての監査請求は,それぞれの行為がされた日から地方自治法242条2項本文所定の期間内にされたものといえる。
イ被告は,上記監査請求は,専ら支出負担行為(本件協定の締結)の違法を理由とするものであり,このように契約の締結が違法,不当であることを専らの理由としてその履行行為について監査請求をする場合には,その監査請求期間は支出負担行為たる契約がされた日を起算点とすべきである旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,地方自治法では特定の支出を行うについて,それが適切に行われるように支出負担行為,支出命令及び支出という一連の段階的な手続を要求しており,それぞれが独立した行為と解される以上は,それぞれの行為についての監査請求期間はそれぞれの行為のあった日又は終わった日を基準として算定すべきものと解するのがもっとも自然な解釈であり,被告がいうように,当該監査請求においてどのような行為が違法,不当な事由として主張されているかによって監査請求期間の起算点を異にすると解すべき根拠はないものというべきである。
ウ被告は,上記のような場合には,監査請求期間の起算点を支出負担行為の時点としないと,支出負担行為の監査請求期間の起算点を実質的に支出の日とすることになり,期間制限を設けた法の趣旨に反することになると主張する。
しかし,上記のとおり,支出負担行為,支出命令及び支出はそれぞれ独立した財務会計上の行為と解されるから,支出命令及び支出についての監査請求は直接的にはこれら各行為の違法,不当を問題としているのであって,これらの各行為を違法,不当ならしめる事由として支出負担行為の違法,不当が主張されているとしても,この点に変わりはない。ただ,支出命令及び支出が違法,不当であるかどうかということと,それに先行する支出負担行為の違法性とは無関係ではないし,支出負担行為が違法である場合に後行の支出命令及び支出がいわばその違法性を承継して違法になるという場合もあり得ることから,そのような場合には上記の審査において支出負担行為について違法性が審査されるにすぎない。
被告の主張は,上記のように先行する支出負担行為の違法が後行の支出命令及び支出の違法,不当に一定の影響を与えることを前提として,その一方で,そのような主張が可能となるのは支出負担行為についての監査請求期間内に支出命令及び支出についての監査請求がされた場合に限定されるというに等しいものである。しかしながら,再三述べるように,支出負担行為,支出命令及び支出をそれぞれ独立した財務会計上の行為とし,支出負担行為の違法は支出命令及び支出を違法,不当ならしめる事情として主張されているものと理解する以上は,その監査請求期間もそれぞれの行為ごとに起算されると解するのが筋であって,被告が指摘するような問題点は,先行する支出負担行為の違法が後行の支出命令及び支出にどのような場合に,どのような影響を与えるかという問題として検討されるべきことと思われる。支出負担行為についての監査請求期間は経過しているにもかかわらず,その違法性について蒸し返し的に争われる余地があるとしても,それを理由として支出命令及び支出の監査請求期間の起算点を支出負担行為時と解すべき必然性はないし,そのように解しなければ期間制限を設けた法の趣旨に反するとまでは解し得ない。
エ以上のとおり,被告の主張は採用できず,支出命令及び支出に係る本件監査請求は,監査請求期間内にされたものとして適法というべきである。
(3) 支出負担行為(本件協定の締結)についての監査請求について
ア本件協定の締結は平成6年5月10日にされているから,この締結日を起算点とすれば,本件監査請求は監査請求期間を経過した後にされたものというべきであるが,原告は,支出がされた日(平成17年1月14日)を起算点とすべき旨主張する。
イそこで検討すると,住民監査請求は,財務会計上の行為又は怠る事実を対象として行われるものであるところ,当該行為についての監査請求は,当該行為のあった日又は終わったから1年を経過したときは,これをすることができないものとされている(地方自治法242条2項本文。そして,ここにいう当該行為のあった日とは一時的な行為のあった日を,当該行為の終わった日とは継続的な行為についてその行為が終わった日を,それぞれ意味するものと解される。本件監査請求においては,本件協定の締結がその対象となる行為とされており,同契約の締結行為は一時的行為というべきであるから,これを対象とする監査請求は契約締結の日を基準として同項本文の規定を適用すべきである(最高裁判所平成14年10月15日第三小法廷判決・判例時報1807号79頁参照。)
ウ(ア) 原告の上記主張は,財務会計上の行為がされても損害が発生していなければ,監査請求において損害を補てんするため必要な措置を講じることを請求したり,その後の住民訴訟において当該職員に対して損害賠償の請求(又は賠償命令)をすることを求めることができないという点を根拠としている。
(イ) しかし,監査請求においては,その対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して,必要な措置を講ずべきことを請求すれば足り,措置の内容等を具体的に明示することは必須ではなく,仮に,執るべき措置内容等が具体的に明示されている場合でも,監査委員は監査請求に理由があると認めるときは,明示された措置内容に拘束されずに必要な措置を講ずることができる(最高裁判所平成10年7月3日第二小法廷判決・裁判集民事189号1頁参照。すなわち,監査請求は,財務会計上の行為又は怠る事実を対象としてされるものであって,監査委員に求める措置が,当該行為の防止,是正,怠る事実を改めること及び損害のてん補のいずれであるかによって,監査請求の対象が異なるというわけではない。
また,監査請求を前置してされる住民訴訟についてみても,その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り,監査請求において求めていた具体的措置とは異なる内容の請求をすることも許されると解されるから,この点からも監査請求の期間を住民訴訟で求める請求の内容ごとに考える必要があるとは解されない。
(ウ) 原告は,支出負担行為がされた時期を基準にすると,当該職員に損害賠償請求(賠償命令)することを求めることができず,そのような請求をする機会が保障される必要がある旨を主張する。
しかしながら,住民訴訟制度の目的は,住民が納税者としての立場から,地方公共団体が違法な財務会計上の行為によって損害を被ることを防止し,あるいは被った損害を回復する手段を設け,これによって地方公共団体が適正な財務会計処理を行うことを保障する点にある(監査請求制度も,その対象が不当な財務会計上の行為を含む点を除けば,同趣旨の制度であるということができる。。)
このような制度趣旨からすると,監査請求及び住民訴訟において,契約の締結行為の当否,適否を争うことができるとされているのも,その後に予定された契約の履行により地方公共団体が損害を被ることを防止したり,あるいは被った損害を回復するためであって,契約の締結時において,履行行為の差止めや法律関係の不存在確認(旧法下)を求めることができれば,契約が締結された結果として発生した損害について当該職員に対する損害賠償請求等を求める機会が保障されることが必須の
要請とまでは解されない。もとより,監査請求の可否とは関わりなく,当該地方公共団体は当該契約に起因して損害が発生すれば,当該職員に対して損害賠償等の請求をなし得るわけであるし,その請求が行われないときには当該請求を怠る事実についての監査請求や住民訴訟の提起も可能なのであるから,上記のように解することによって特段の不都合があるとも認められない。
(エ) また, 原告は,平成9年最判(最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号287頁)を上記主張の根拠として指摘している。
しかしながら,上記最高裁判決は,財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする監査請求について,上記請求権が財務会計上の行為がされた時点においてはいまだ発生しておらず,又はこれを行使することができない場合には,実体法上の請求権が発生し,これを行使することができることになった日を基準として地方自治法242条2項の規定を適用すべき旨を判示したものである。すなわち,上記判決は怠る事
実に係る監査請求について同条項の適用関係を明らかにしたものであ り本件のように本件協定の締結という財務会計上の行為当該行為が監査請求の対象とされた場合について判断したものではない。
原告は,同判決は,怠る事実に固有のものではないと主張するが,同判決は,上記のとおり,怠る事実に係る請求権が発生しておらず,又は行使することができない場合には,監査請求の対象となる怠る事実が存在しないため,その監査請求期間については上記判示のとおりに解すべきであると判示しているのであって,財務会計上の行為(当該行為)を対象とする監査請求の場合には,当該行為は既に存在しており,監査請求の対象とし得るのであるから,この二つの場合を同一に論じることは
できない。
(オ) そして,原告の主張によった場合,原告が主張するように,地方自治法242条2項にいう「当該行為のあった日」とは,当該行為によって直ちに損害が発生するという関係が存在しない場合は損害の発生時点をいうと解するか,一つの契約締結行為について,求める措置の内容に応じて,契約締結日から1年間と,当該職員に対する損害賠償請求権が発生した日から1年間という二つの監査請求期間があると解するほかはないように思われるが,このような解釈は同条項の「当該行為のあった日から1年」との文言と大きく乖離することになり,困難というべきである。
(カ) なお,上記のことを本件についてみると,本件協定が締結された時点では,現実に川崎市が本件各金融機関に損失補償することになるかどうか,また,いつの時点でいかなる金額を支出することになるのかは未確定であったが,住民としては,旧法下においても,その履行の差止めや契約の相手方に対する法律関係の不存在確認を求めて監査請求ないし住民訴訟をすることが可能であったものと考えられる。この点,差止めの訴えについては,その時点での訴外会社の経営状況等にもよるが,既に本件協定が締結されており,その補償限度額が9億円という高額であることからすれば一応適法な訴えと解されるし,法律関係不存在確認の訴えについては,これができないとする理由はないものと思われる(この点,原告は回復困難な損害が生ずるおそれがある場合にのみ同訴えが許されると主張するが,そのように解すべき根拠はない。。)
エ以上のとおり,本件協定の締結を対象とした監査請求は,その締結日である平成6年5月10日から1年以内にすべきであって,本件監査請求は期間を徒過してされたものである。
(4) 正当な理由の有無について
ア地方自治法242条2項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,当該行為が秘密裡にされた場合には,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力を持って調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所昭和63年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事154号57頁参照。そして,このことは,当該行為が秘密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合も同様であると解されるから,この場合には,上記正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照。最高裁判所平成14年9月17日第三小法廷判決・裁判集民事207号111頁参照。)
イこれを本件についてみると,少なくとも,原告代表者篠原義仁は,平成15年4月18日付けで,川崎市長に対し,本件協定書及びその関係書類について行政文書の開示請求をし,川崎市長は同年5月2日付けで全部開示の通知をしており(甲47,48 ,原告は,川崎市長に対し訴外会社の株主として同社の会社整理の申立てをしないという怠る事実が違法であることの確認を求めた別件住民訴訟(当庁平成15年(行ウ)第23号)を提起し当該訴訟で提出した平成15年7月16日付け準備書面乙, ( 134)において本件協定が財政援助制限法3条に違反する旨主張していた
と認められるからこれから1年半以上を経過してされた本件監査請求が上記相当な期間内にされたものということはできない。したがって,本件監査請求に地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるということはできない。
原告は,違法な支出負担行為に基づき市が損害賠償請求権を取得するのは,現実に損害が発生した場合に限られるから,支出負担行為を行った者の責任を追及することが損害発生の後になることには正当な理由がある旨主張するが,上記( )で述べたところによれば,このような理由により監査請求を控えることに正当な理由があるということはできない。
(5) 小括
以上のとおり,本件訴えは,支出命令及び支出に係る部分は適法な監査請求を経たものであるが,本件協定の締結に係る部分は適法な監査請求を経たものということはできない。したがって, 橋元市長に対して損害賠償請求をするよう求める訴えは不適法である。
2 争点2(本件協定の適法性等)について
(1) 「本件協定が財政援助制限法3条に違反するかどうか」について
本件損失補償金に係る支出命令が違法であるかどうかを判断する前提として,本件協定の締結が財政援助制限法3条に違反するかどうかについて検討する。
ア財政援助制限法3条の趣旨について
(ア) 財政援助制限法3条は「政府又は地方公共団体は,会社その他の,法人の債務については,保証契約をすることができない」と規定している。
被告は,同法の制定経緯に照らすと,同条は戦前にみられた国策会社の活動を停止させ,その復活を阻止しようとする占領軍総司令部の意向に沿ったものであり,その趣旨としては,政府等の行う財政運営を予算として一元的に取り扱い,国会ないし地方議会の議決に基づかない財政援助を廃止ないし制限することにあった旨主張する。
確かに,証拠(乙48ないし50)によれば,財政援助制限法の制定に先立って,昭和21年4月3日付けで実質的な指令ともいうべき「政府保証債及び借入金に関する司令部覚書」が発せられ,その中で,政府又はその他一切の行政官庁による債務の保証が原則として禁じられ,金融的援助は補助金の形式によってのみ行うべき等のことが示されており同覚書を受けて財政援助制限法が制定されたこと等にかんがみると同法は占領軍総司令部の意向を反映したものであったといえるし,原告もこの点を特に争ってはいない。
そして,同法の提案理由として石橋大蔵大臣は「政府は従来法令の,規定に依って設立致しました会社その他の法人等に対しまして,法令或いは予算外契約に基づく各種の財政援助を与えまして,もってその事業の遂行を円滑ならしめ,国策の完遂を図って参ったのであります。しかし今や終戦に伴いまして戦後財政再建の必要を生じましたので,その一つの方途と致しまして,国庫負担の累増を防止致したいと考えるのであります。しかしてそれと同時に,これによりまして戦後における国民経済の民主的再建のために企業の自主的活動を促進致すことの一助とも致したいのであります」と説明しており(乙51 ,財政援助制限法が。)制定された背景に,いわゆる国策会社の活動を停止させ,その復活の防止を図るという意図のあったことがうかがえる。
また,同法1条及び2条の規定をみると,1条は「会社その他の法人は,他の法令又は定款にかかはらず,政府の所有する株式又は出資に対して,政府以外の者の所有する株式又は出資に対すると同一の条件を以て,利益又は剰余金の配当又は分配をしなければならない」とし,2 条1項は「政府は,他の法令又は契約にかかはらず,会社その他の法人に対し,毎事業年度における配当又は分配することができる利益又は剰余金の額を払込済株金額又は出資金額に対して一定の割合に達せしめるための補給金は,これを交付しない」というものであって,このような政府による法人に対する支援は,戦前における国策会社に対してとられたものであるから,1条及び2条はこのような支援策を廃止する趣旨のものと理解することができる。
(イ) 同法3条も以上のような背景の下に制定されたものであるが,同条は,政府又は地方公共団体が法人の債務を保証することを原則的に禁止するとしているのであって,国会ないし地方議会の議決に基づけば保証契約の締結を許容するというものではない。前記司令部覚書は,政府等による債務の保証を禁止するとともに,法人等に対する経済的な援助は補助金の形式によってのみ行うものとしておりこの点を捉えて被告は同条の趣旨は国会又は地方議会の議決に基づかない財政援助の廃止及び制限にあると主張するのであるが同条の規定は上記のとおりであって必ずしも被告の主張に沿うものとはなっていないし,石橋大蔵大臣は,財政援助制限法案の提出理由として被告が主張するような説明はしておらず上記のように財政再建のために国庫負担の累増を防止することと企業の自主的活動の促進ということを挙げているのみである。
もともと保証契約は,その契約締結の際には保証人が将来負うことになる負担の有無及び程度が明らかでなく,また,保証人の負担が,主債務者が主債務を履行するかどうかという保証人が必ずしも関知し得ない事情により左右されるという性質を有するものである。そして,保証契約を政府や地方公共団体が行うということは,当面の支出を伴わずに一定の経済的な効果を上げ得ることから,ともすれば安易に流れやすいという弊害も否定はできない。このような保証契約の性質とともに上記石橋大蔵大臣の説明や財政援助制限法3条の文言に照らすならば,同条は政府又は地方公共団体の不確定な債務がむやみに増加することを防止し,もって財政の健全化を図ることを一つの重要な目的としていたものと認めるのが相当である。
(ウ) 被告は,同条の趣旨を,前記のように,国会又は地方議会の議決に基づかない財政援助を廃止し,あるいは制限する点にあったとし,日本国憲法及び地方自治法の制定により,すべて財政は国会ないし地方議会の議決に基づくことになったことから,財政援助制限法は既にその目的を達して意義を失っている旨主張する。
しかしながら,上記(イ)のとおり,同条の趣旨を被告が主張するように限定して理解すべき根拠はないのであって,その主張は一面的にすぎて採用できないし,そのような理由で同法が既に存在意義を失ったものであるということはできない。日本国憲法及び地方自治法が制定された後も,同条は原則として保証契約を禁止するという文言のまま今日まで有効な条文として存在しているのであって,政府又は地方公共団体によるこれに反する行為が許容されるとか,議会の議決を経た保証契約は同条に反しないなどと解することは困難である。
イ次に,本件協定の内容について検討する。
(ア) 本件協定の内容は,前記第2,2(2)イのとおりである。
a まず,本件協定では,川崎市が訴外会社の債務を保証するとの文言は用いられておらず,同協定に基づく本件各金融機関の訴外会社に対する融資について,本件各金融機関が損失を被った場合に川崎市が当該損失を補償するものとされ,形式的には損失補償としての構成を基調としている(5条1項。)
b 上記規定にいう「損失」が何を指すのかは明文では示されていないが,上記のように「融資について「損失を被った場合」とされてお」り,川崎市が補償として交付する金額が本件協定に基づく訴外会社の借入債務残高と交付の日までの未払利息及び遅滞利息の合計額とされている(同条4項)ことからすれば,上記「損失」が本件各金融機関が訴外会社から返済を受けられないことによって被る損害,すなわち未収貸付金を想定していることは明らかである(そして,前記第2,2(5)のとおり,川崎市は本件協定に基づき現実に本件各金融機関に総額9億円を支払ったのであるが,この金額は平成6年5月19日,同年11月15日及び平成7年3月24日にされた本件貸付の元本8億円に弁済期からの利息を加えた額であるとされている。甲77 。)
c そして,いかなる場合に川崎市に上記損失を補償すべき義務が生じるかをみると,本件各金融機関からの催告にもかかわらず,訴外会社が最終弁済期限後3か月を経過しても弁済しなかった場合あるいは訴外会社が解散等により期限の利益を失った場合に本件各金融機関が川崎市に損失の補償を請求するものとされ(5条2項,3項,その場合には川崎市は遅滞なく損失補償金を交付するものとされており(同条4項,訴外会社に債務の不履行があった場合に本件各金融機関からの請求によって損失補償義務が生じることになっている。
上記の点について,被告は,本件協定5条2項の「3か月を経過しても本債務全額を弁済しなかったとき」の3か月とは,予算措置を講じる等のために相当な期間を設定したものであり,実際に本件損失補償金を支払った経緯に照らしても訴外会社の履行遅滞が損失補償の要件とはなってはいない旨を主張する。
しかし,上記の「3か月の期間」についての被告の主張は,本件協定5条2項の文言をそのように理解することは困難であるし,仮に,被告の主張を前提とすれば,訴外会社が最終弁済期限を徒過すれば直ちに川崎市は損失補償のための予算措置等に着手する必要があるということになって,かえって被告の主張の趣旨に沿わないように思われる。また,現実に,本件各金融機関が訴外会社の履行遅滞にもかかわ
らず速やかに川崎市に損失の補償を求めなかったとしても,本件協定上,本件各金融機関にそのような請求義務があるとまでは解されないから,この点も上記認定を左右するものではない。
d このようにみてみると,確かに本件協定は損失補償という用語を用い,それに沿うかのような形式,体裁がとられているが,その実質的な内容は「毎年度川崎市特別会計予算に定める損失補償額(1条) を貸付限度とする債務の保証(根保証)と特段の差異はないものといえる。このような内容の本件協定を保証契約というか,損失補償契約というかは,ある意味では呼び方,用語の問題であり,その法律構成を,主債務者が弁済をしない場合に,第三者が主債務者に代わって履行をするといっても(保証契約,未収貸付金を損失として,主債務者が弁済しない場合に第三者がその損失を補てんするといっても損失補償契約,その実質に特段の変わりがあるとは認め難い。)
(イ) 被告は,損失補償契約と保証契約とは法的性質が異なり,本件協定は損失補償契約であるから,保証契約と同視することはできない趣旨を主張する。
しかし,一般的に損失補償契約ないし損害担保契約といわれる契約には種々の形態,内容のものがあるのであって,これを抽象化して保証契約との異同を論じることは,本件においてあまり意味のあることではない。要は,本件協定がいかなる実質的な内容を有しているのか,また,それゆえに財政援助制限法が規定する「保証契約」に該当しないと解し得るのかということなのであるから,このような観点から被告が指摘する点を検討してみる。
a まず,被告は,損失補償契約は保証契約とは異なり,損害が生じて初めて補てんすべき義務が生じるものであり,主債務者が破産したとか,客観的に債権の回収がほとんど見込めない場合になって初めて損害,ひいては損失補償義務が生じる旨主張する。
しかし,本件協定では,既に述べたとおり,訴外会社が本件各金融機関からの催告にもかかわらず,最終弁済期後3か月内に債務全額を弁済しなかったり(5条2項,解散等により期限の利益を失った場合(同条3項)に,本件各金融機関は川崎市にその被った損失(未収貸付金及び利息)の補償を請求し,その場合,川崎市は遅滞なく損失補償金を本件各金融機関に交付する(同条4項)とされている。したがって,川崎市が損失補償金を交付するについて,本件各金融機関の訴外会社に対する貸付債権が回収不能といった状況にあることが要件とされているわけではないし,その補償すべき金額も,川崎市特別会計予算に定める損失補償額を限度とするという制約はあるものの,訴外会社が弁済すべき金額と異なるものではない。してみれば,上記指摘の観点からして,本件協定をもって保証契約とは異なる実質を有する契約であるということは困難である。
b 次に,被告は,損失補償契約は主たる債務の存在を前提としない独立の契約であると主張する。
確かに,一般に損失補償契約ないし損害担保契約と呼ばれる契約の中には主たる債務の存在を前提としないものも存在するが,本件協定は上記のとおり訴外会社が主債務全額を弁済しなかったとき川崎市は本件各金融機関に「主債務残高と利息の合計額」を補償するものとされており,訴外会社の債務,すなわち主たる債務の存在することが前提となっていることは明らかである。
被告の上記主張は,川崎市が本件協定に基づいて負担する損失補償債務が付従性のないものであることを指摘するものとも考えられる。
本件協定はこの点について明確な定めを欠いているが,本件協定を締結するに至った経緯や本件協定全体の趣旨に照らすならば,成立における付従性についていえば,本件協定においては,訴外会社に対する融資がなければ本件各金融機関に損失が発生することはなく,損失補償義務が発生することもないし,また,川崎市は,訴外会社が「主債務全額を弁済しなかったとき(5条2項)に本件各金融機関に損失を補償するものとされていることに照らすならば,主たる債務につき無効,取消事由が存する場合でも損失補償義務があるとするのが当事者の意思であるとは考え難い。
また,民法448条との関係についてみても,川崎市は訴外会社が弁済しなかった額を損失として補償するという以上,損失補償義務の内容が訴外会社の債務よりも重くなることはないし,本件協定においては,訴外会社に対する融資額は,毎年度川崎市特別会計予算に定める川崎市の損失補償額を限度とするとされており,川崎市が関知しないところで同市が損失補償をすべき訴外会社に対する融資額が増大するということもない。
なお,被告は,保証契約では,保証人は主債務者が履行しなかったすべての債務について責任を負うが,損失補償契約は,損失の一定割合又はその一部について責任を負うとすることができ,主債務の限度額を超えないからといって,実体は保証契約であるということはできないと主張するが,保証契約にあっても,いわゆる一部保証は許容され得るものであるから,被告の主張は当を得ない。
以上のとおり,付従性の観点からみても本件協定が保証契約とは異なる実質を有するという根拠は見いだし難い。
c なお,求償権の点については,被告も本件協定に基づく損失補償金について訴外会社に求償できないとは主張していない(前記第2,(2)のとおり,川崎市は本件協定に基づく求償権を有するとして訴外会社の破産手続開始の申立てを行っている。。)
d 以上によれば,被告の指摘する点を検討してみても,本件協定が保証契約とは異なる契約であるとするだけの実質的な根拠はないものというべきである。
ウ地方公共団体における実務上の扱い等について
(ア) 以上のように,本件協定は典型的な民法上の保証契約とはいえないにしても,その内容,実質において同契約と特段に異なるところはないものというべきである。
ところで,川崎市及び本件各金融機関は本件協定において債務保証という文言を避け「損失補償」という文言を使用し,本件各金融機関に,生じた損失を補てんするという法形式をとっており,これによれば,上記当事者は保証契約ではなく,損失補償契約を締結しようとの意図であったものと認められる。そして,被告が指摘するように,本件協定のような内容,形式でもって地方自治体が法人の債務について損失補償契約を締結することは,本件の場合だけではなく全国的に広く行われている
ものと認められる(甲78,乙35,42,54 。)
そこで,このような取扱いが財政援助制限法の許容するところであるかどうかを検討する。
(イ) ある法人が公共性,公益性の高い事業を行う場合で,当該事業が本来的には地方公共団体が行うにふさわしいものである等の一定の事情がある場合に,地方公共団体が当該事業を支援する目的で,一定の責任を負うことを約したとしても,そのこと自体は特に不当なことではないといえるそしていわゆる第三セクター方式で設立した法人等について上記のような支援を必要とする場合が少なくないことも容易に推測される。
また,財政援助制限法3条ただし書は「財務大臣(地方公共団体のする保証契約にあっては,総務大臣)の指定する会社その他の法人の債務については,この限りでない(本件協定締結当時は大蔵大臣及び自治大臣の指定)と規定しており,財政援助制限法も一定の場合に地方公共団体が法人の債務について保証契約を締結することを許容しているといえる。
しかしながら,実際には上記指定制度は活用されておらず,その一方で,自治省行政課長による昭和29年5月12日付けの「損失補償については財政援助制限法3条の規制するところではないものと解するという回答(自丁行発第65号。乙53)があること等と相まって,地方公共団体においては広く上記のような損失補償契約が締結されており,本件においても同様の事情から本件協定が締結されたものと考えられる。
(ウ) 上記のように,地方公共団体が保証契約ないし損失補償契約を行う実際的な必要があることは否定できないとして,その場合に,現に財政援助制限法3条が有効な法律として存在し,政府又は地方公共団体の不確定な債務の増加を防止し,財政の健全化を図るという目的に一定の合理性が認められる以上,地方公共団体がこれに反してよいとする理由は見いだしにくい。同条は,上記のように,そのただし書において例外的に保証契約を許容する余地を認めているのであって,必要があるならばこの手続に則って総務大臣の指定を受けるのが筋であって,この指定を受けずに,実質的に保証契約と変わるところのない契約を損失補償契約と称して締結するということは,同条の規制を潜脱するものといわざるを得ない。
財政援助制限法3条は法人の債務の保証を対象としているが,法人の事業には,公益性の強いものからたんなる営利目的のものまで種々のものがあり,地方公共団体との関わり合いの程度も様々である。地方公共団体が法人の行う事業の内容に関係なく保証契約を締結すれば,同条の目的とする財政の健全化は図られないことから,同条は地方公共団体が保証契約を締結してよい法人の債務であるかどうか,また,保証契約を締結する必要があるかどうかといったことを総務大臣の判断にゆだねたものと解される。そして,それとは別に立法上の措置として,公有地の拡大の推進に関する法律25条,地方道路公社法28条,都市再開発法116条等においては,同条の例外として,地方公共団体が一定の法人その他の団体の債務を保証することができる旨が定められているものといえる。
そうすると,総務大臣の指定を受けておらず,特別法において許容すべき規定もない法人の債務について財政援助制限法3条本文のとおり地方公共団体は保証契約をしてはならないと解することに特段の不都合があるとは認められない。
被告が,上記アのように財政援助制限法が既に存在理由を失っていると主張しているのは同法を存続させるべき理由に乏しいことを根拠に同法3条に規定する「保証契約」の意味するところを限定的に,すなわち典型的な保証契約に限って禁止されていると解すべきであるとの趣旨を含むものと解される。しかしながら,同法をなお存続させるべきか否かは立法政策の問題というべきであるし,前述したように,同法の制定目的に政府又は地方公共団体の不確定な債務の増加を防止し,その財政の健全化を図るといったことも含まれているとすれば,一概に同法の存在理由が乏しいともいい切れないのであって,上記にみたような同法の仕組みからすれば同法3条の「保証契約」を特に限定的に解しなければならないというだけの根拠も認められないというべきである。
(エ) 被告は,地方自治法199条7項前段や221条3項の規定を挙げて,地方公共団体が損失補償契約をすることは地方自治法上も認められている旨を主張する。
しかし,財政援助制限法が有効に存続しているとしても,地方公共団体の行うすべての保証契約や損失補償契約が禁止されているわけではないから,地方自治法に被告が指摘するような規定があることは,必ずしも同法が本件協定のような契約を許容しているという根拠にはならない(被告のような論法によれば,同法221条3項の規定から保証契約一般が許容されているということになるが,それが不当であることは明らかであるし,被告もそこまでは主張していない。。)
エ小括
以上検討したことからすると,財政援助制限法3条は政府又は地方公共団体が「法人の債務」について「保証契約」をすることを禁じており,ここにいう「保証契約」に民法上の保証契約が含まれることは明らかであるが,前述した同条の趣旨からすると,これに類し同様の機能,実質を有する合意も同条の規制に服するものと解するのが相当である。
本件協定は民法上の保証契約とはいえないまでもそれと同様の機能実質を有するものであって,同条による規制を潜脱するものというほかはなく,同条に反するものとして違法なものと解するのが相当である。
(2) 財政援助制限法3条に違反して締結された契約の効力について
被告は,本件協定が財政援助制限法に違反し,違法であったとしても,これを私法上無効であるということはできない旨主張する。
ア財政援助制限法は,同法3条に違反した契約の効力について具体的な規定を置いていない。
しかしながら,同条は政府又は地方公共団体の法人に対する財政援助に規制を加える観点から,政府又は地方公共団体の外部的行動そのものを制限した規定であるから,たんなる行政内部における手続規定とは解されないし,同条に違反してされた契約の効力に影響を及ぼさない訓示規定ないし注意規定であると解するのも相当でない。したがって,同条は契約の効力を定めた効力規定であると解するのが最も自然な解釈であるというべきである。
イ以上のことからすれば,本件協定は財政援助制限法3条に違反し無効であるというほかはない。
被告は,上記主張の根拠として最高裁判所昭和62年5月19日第三小法廷判決(民集41巻4号687頁)の判示を引用するが,これは,専ら契約方法という手続的な側面から規定された,随意契約の制限に関する法令に違反した契約の効力について判断したものであり,本件とは事案が異なるものであって,同事件において問題となった法令と財政援助制限法3条の性質や趣旨等の相違に照らせば,財政援助制限法3条に反する契約の効力を同様に論じることはできない。
ウしたがって,本件協定は私法上無効であって,本件の支出命令及び支出は,無効な支出負担行為に基づいてされたものとして違法である(なお,本件支出命令及び支出は,直接的には本件和解契約の履行としてされているが,この点については後に触れる。。)
(3) 阿部市長の責任について
前記のとおり,本件の支出命令は無効な支出負担行為を前提として発せられたものであり,客観的には違法なものである。
そこで,このような支出命令を発した阿部市長の責任が問題となるが,この点については,被告が主張しているように,上記支出命令が発せられた平成17年1月当時においては,損失補償契約を締結することは財政援助制限法3条に反しない旨の自治省行政課長の回答(乙53)を前提として,そのような理解が広く受け入れられていたといえる。そして,地方公共団体において本件協定のような損失補償契約は広く利用されていたし,裁判例としてもこれを適法とするものがあった(乙43 。)
上記のような事情にかんがみるならば,阿部市長が本件協定を有効なものと考え,これを前提とする支出命令を発したとしても,その責めに帰すことのできない,やむを得ない事情があったものと認めるのが相当であり,その点に故意,過失があったとも認められない。
(4) 本件各金融機関に対する返還請求について
ア上記のとおり,本件協定は違法,無効なものであり,これを前提とする本件損失補償金の支払は法律上の原因を欠くものである。
しかし,現時点で,川崎市が本件各金融機関に対して既に支払われたこれら本件損失補償金を不当利得として返還を求め得るかということになると,この点については重大な疑義があるといわざるを得ない。
イすなわち,証拠(甲1,2,4,23ないし25,32,39,62ないし64,69,75ないし77,89,乙8ないし13,24,37,38,40)及び弁論の全趣旨によれば,従前から,川崎市(川崎港港湾管理者)は,社団法人日本港湾協会及び株式会社野村総合研究所による調査結果等を踏まえ,東京湾におけるコンテナ貨物量が増大することを予測し,川崎港にコンテナターミナルを整備することを計画していたこと,川崎市は,川崎港振興協会内のコンテナ問題検討委員会,川崎港運協会及び川崎商工会議所の意見や要望もあって,コンテナターミナルの管理運営は第三セクター方式により設立された株式会社により運営されるのが望ましいと判断して,平成6年5月10日に訴外会社が設立されたこと,訴外会社においては市職員がその取締役及び監査役等を務め,川崎市は,設立後赤字経営が続く同社に対して,荷さばき地使用料,ガントリークレーン使用料,ふ頭用地使用料,荷役機械置場使用料,ゲート関連施設使用料,メンテナンスショップ使用料,電気施設使用料等の減額及び免除を行う等,様々な経営支援を行う一方で,本件各金融機関に対して訴外会社への融資を要請したこと,本件各金融機関は,前記第2,2( )及び( )のとおり,川崎市との間で本件協定を締結し,同協定及びその後に川崎市が何度にもわたり発行した経営指導念書を前提として,訴外会社に対して本件貸付を含む総額54億円にも及ぶ貸付を実行したことが,それぞれ認められる。
上記のように,訴外会社の設立及びその後の運営については川崎市が深く関与しており,同事業は川崎市が主体的に推進してきたものといっても過言ではない。そして,その過程において,本件各金融機関は川崎市からの要請に基づいて,同市との間で本件協定を締結した上で訴外会社への事業資金の貸付けを開始したのであり,川崎市及び本件各金融機関がその効力を疑っていたような形跡はないし,その点につき双方に責められるべき点があったともいえない。加えて,川崎市は本件協定の締結はもとより,本件損失補償金の支払についても市議会の正式な決議を経ており,本件損失補償金は既に本件各金融機関に対して支払済みであって,その総額が9億円という多額に上ることからすれば,その返還を認めることは川崎市を信頼して融資を継続してきた本件各金融機関に対して予期しない多大の損害を被らせることになることは明らかである。このような事態は,上記のように,川崎市が主体的に訴外会社への融資を要請し,本件協定を締結して一定の限度までは責任を負う旨を明らかにしてきたことに照らすならば,著しく信義に反することといわなければならない。
以上のような諸事情に照らすならば,本件損失補償金が結局は川崎市民の負担に帰することになることを考慮したとしても,川崎市が本件各金融機関に対して本件損失補償金の返還を求めることは信義則に照らして許されないものと解される。したがって,原告の本件各金融機関に対して本件損失補償金の返還を請求するよう求める訴えも棄却すべきということになる。
ウなお,本件損失補償金は,直接的には本件和解契約を原因として支出されている(前記第2,2(5))ので,この点について付言する。
本件和解契約が互いの譲歩に基づく民法上の和解契約であるとすれば,本件協定の有効,無効にかかわらず本件各金融機関には不当利得は発生しないということも考えられないではない。この点,もともと本件協定に基づいて川崎市が負担していた損失補償債務の額は,平成6年度川崎市特別会計予算に定められた損失補償額(9億円)を限度とする融資額(実際には総額8億円,未払利息及び遅滞利息の合計額とされており(本件協定)1条,5条4項,それらを合計すると訴外会社の破産廃止決定がされた)時点で10億0965万6164円であったというのであり,その貸付状況等について川崎市と本件各金融機関の間で争いがあったようには見受けられないし,川崎市が総額で9億円を下回る損失補償額を主張していたわけでもない。したがって,本件和解契約は,川崎市において何らかの譲歩をしたわけではなく本件各金融機関のみが一方的に債権の一部を放棄し支払について猶予を与えるという内容のものである。したがって,本件和解契約は民法上の和解契約としての実質を有するものではなく,本件協定を前提として,その履行方法を合意したにすぎないものと認めるのが相当である。
第6 結論
以上の次第であって,本件訴えのうち,橋元市長に対して損害賠償の請求をするよう求める訴えは不適法であるから却下し,阿部市長に対して損害賠償の請求をするよう求める請求及び本件各金融機関に対して本件損失補償金の返還を求める請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。